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いちゞくの花  作者: イヲ
第九花
59/68

-5-

 次の日には永劫は退院できたのだが、今週いっぱいは休んだ方がいいと医者が言っていた。

 一週間くらい休んだとしても、単位がどうこうなるものではないし、いいのだが。


「やっぱり、病院って緊張しますね……」

「あれ、ちゃんと休めなかった?」

「まあ。……病院で寝ることなんてなかったですから」


 病院の外は木枯らしが吹いていた。

 吹きすさぶ風は、コートを着ていてもとても冷たくかんじる。

 駐車場にとめてある見慣れた古い車に乗って、ようやく一息つけた。


「じゃ、出るよ」


 いつも通りの口調だが、永劫は――聞こえていたのだ。あまり、眠れなかったと言ったときに、しまった、と思ったが、明宜はとくべつ何も言わなかった。それとも――言わずにいてくれているのかもしれないが。

 それでも、それを一人で押し込めているには永劫は、それほどに強くない。


「夢は見ませんでしたよ」


 そうっとつぶやく。

 明宜はかすかに息をつめたあと、前をむいたままそっとほほえんだ。


「そっか。……聞こえてたんだね」

「……はい」

「うん、そっか。でも、まあ、そういうこと。いろいろ、情けないこと喋っちゃったけど、俺の本音」

「別に、情けなくなんてないですよ」


 ハンドルを握っている明宜は苦笑いをして、ふいにフロントガラスを見つめた。窓に、すこしだけ雪がついている。

 今夜は吹雪くかもしれない、とラジオのニュースで言っていた。


「野良神、今は大人しくしているけど――。すこし、気をつけないといけないかもしれないね」


 この話はおしまいと言わんばかりに、明宜はそう呟いた。永劫は手のなかのお守りをにぎりしめ、目を伏せた。


「どうして、倒れたりしたんでしょうか……」

「……なにか、思い詰めたりしたでしょ」

「え、ああ、そうかもしれないですね……。なんか……すみません。俺……」

「謝ったりしたらだめだよ。きみは謝るようなことはしてないんだから」

「……はい」


 謝ることはしていない。しかし、自分が弱い人間なのだと思い知らされたようで、どこか落ち着かないのはどうしようもない。

 明宜は大丈夫だよ、と笑って安心させてくれている。それに甘えてもらっている自分に、どこか納得いかない。


 ラジオのニュースだけが響いている車内に、携帯の着信音が聞こえてくる。反射的に携帯を見下ろすと、八木梓、という名前があった。出ようか否か迷っていると、明宜が「出ていいよ」と頷く。


「もしもし」

「あ、もしもし。私。八木です。今日退院だよね?」

「うん。なんか、ごめん。驚かせたみたいで」

「ううん、いいよ。謝らないで。えっと、今週末まで、休むんだよね? ノート取っておくから、週末届けに行くね」

「ああ、ありがとう。場所分かるかな」

「だいじょうぶ。林君に教えてもらうから」


 ふたたびありがとう、と告げ、携帯を切った。

 病院という場所はどこか緊張するせいか、すこしだけ眠くなる。


「寝ていいよ。といっても、あと10分くらいで着いちゃうけど」

「大丈夫です。あ、そうだ。週末、八木がノートを持ってきてくれるみたいですけど」

「そう。……いい友達をもったね。友達は、大事にしないとだめだよ」

「なに年寄りみたいなこと言ってるんですか。分かってますよ、そんなこと」


 ちいさく笑ってみせると、どこか安堵したように明宜も笑った。

 道路は雪で湿ってしまっている。スタットレスに換えたらしいタイヤでも、これから注意しなければならないだろう。近くにスーパーがあるにしろ。


「約束、破ってしまいましたね」

「いいよ。楽しみにしてるから」

「……なんかやらしいですね。あんた」

「はは。そうかもね」

「そこで肯定するのもなんていうか……」


 家に着き、床のつめたさにおもわず眉をひそめる。靴下のうえからでも、その冷たさは伝わってきた。

 たった一日だけしか空けていなかったのに、どこか久しぶりに思える。


「とりあえず、部屋あっためようか。いやー、寒いねぇ」

「そう、ですね……」


 ストーブに電気をいれてもすぐに暖まるというわけでもない。明宜は新しいお守りを永劫に渡すと、こたつのなかに足を入れた。


「永劫くん」

「はい?」

「大丈夫だから」

「……べつに、俺は……」


 不安ではないと言えば嘘になるが、言葉に出すほどではない。それをまるで見透かしたように、永劫の頭をそっと撫でた。おもわず顔をあげて、明宜を見上げる。


「きみ、倒れて運ばれたことなんてなかったでしょ。そりゃ、不安にもなるよ。だから、大丈夫。週末までゆっくりしていれば、野良神もそうそう手出しもできなくなるからさ」

「……野良神って」

「ん?」

「宿主の心に左右されるんですよね」

「うん。特にきみに憑いている野良神は、きみの心にかなり左右される。きみが望んで受け入れたから、余計ね」

「だったら、いい方向に気持ちを持って行けば、野良神も離れていくってことですか?」

「そうだね。……どうしたの、いきなり」


 実際、そうなのだろう。

 夏頃にくらべて、体の調子も良くなってきている気がする。無論、それは明宜がいてくれたからだが、逆に言えば、彼がいなければ今の自分はいない。必ず死んでいただろう。


「すこしは、よくなったのかなって思って」

「うん。よくなってるよ、すごくね。今のままでも命をとるまでの力はないよ」

「……」


 そっと安堵の息をついても、まだこのなかに野良神がいるというと、まだすこし怖い。いや、実際恐ろしいものなのだろうが。

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