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次の日には永劫は退院できたのだが、今週いっぱいは休んだ方がいいと医者が言っていた。
一週間くらい休んだとしても、単位がどうこうなるものではないし、いいのだが。
「やっぱり、病院って緊張しますね……」
「あれ、ちゃんと休めなかった?」
「まあ。……病院で寝ることなんてなかったですから」
病院の外は木枯らしが吹いていた。
吹きすさぶ風は、コートを着ていてもとても冷たくかんじる。
駐車場にとめてある見慣れた古い車に乗って、ようやく一息つけた。
「じゃ、出るよ」
いつも通りの口調だが、永劫は――聞こえていたのだ。あまり、眠れなかったと言ったときに、しまった、と思ったが、明宜はとくべつ何も言わなかった。それとも――言わずにいてくれているのかもしれないが。
それでも、それを一人で押し込めているには永劫は、それほどに強くない。
「夢は見ませんでしたよ」
そうっとつぶやく。
明宜はかすかに息をつめたあと、前をむいたままそっとほほえんだ。
「そっか。……聞こえてたんだね」
「……はい」
「うん、そっか。でも、まあ、そういうこと。いろいろ、情けないこと喋っちゃったけど、俺の本音」
「別に、情けなくなんてないですよ」
ハンドルを握っている明宜は苦笑いをして、ふいにフロントガラスを見つめた。窓に、すこしだけ雪がついている。
今夜は吹雪くかもしれない、とラジオのニュースで言っていた。
「野良神、今は大人しくしているけど――。すこし、気をつけないといけないかもしれないね」
この話はおしまいと言わんばかりに、明宜はそう呟いた。永劫は手のなかのお守りをにぎりしめ、目を伏せた。
「どうして、倒れたりしたんでしょうか……」
「……なにか、思い詰めたりしたでしょ」
「え、ああ、そうかもしれないですね……。なんか……すみません。俺……」
「謝ったりしたらだめだよ。きみは謝るようなことはしてないんだから」
「……はい」
謝ることはしていない。しかし、自分が弱い人間なのだと思い知らされたようで、どこか落ち着かないのはどうしようもない。
明宜は大丈夫だよ、と笑って安心させてくれている。それに甘えてもらっている自分に、どこか納得いかない。
ラジオのニュースだけが響いている車内に、携帯の着信音が聞こえてくる。反射的に携帯を見下ろすと、八木梓、という名前があった。出ようか否か迷っていると、明宜が「出ていいよ」と頷く。
「もしもし」
「あ、もしもし。私。八木です。今日退院だよね?」
「うん。なんか、ごめん。驚かせたみたいで」
「ううん、いいよ。謝らないで。えっと、今週末まで、休むんだよね? ノート取っておくから、週末届けに行くね」
「ああ、ありがとう。場所分かるかな」
「だいじょうぶ。林君に教えてもらうから」
ふたたびありがとう、と告げ、携帯を切った。
病院という場所はどこか緊張するせいか、すこしだけ眠くなる。
「寝ていいよ。といっても、あと10分くらいで着いちゃうけど」
「大丈夫です。あ、そうだ。週末、八木がノートを持ってきてくれるみたいですけど」
「そう。……いい友達をもったね。友達は、大事にしないとだめだよ」
「なに年寄りみたいなこと言ってるんですか。分かってますよ、そんなこと」
ちいさく笑ってみせると、どこか安堵したように明宜も笑った。
道路は雪で湿ってしまっている。スタットレスに換えたらしいタイヤでも、これから注意しなければならないだろう。近くにスーパーがあるにしろ。
「約束、破ってしまいましたね」
「いいよ。楽しみにしてるから」
「……なんかやらしいですね。あんた」
「はは。そうかもね」
「そこで肯定するのもなんていうか……」
家に着き、床のつめたさにおもわず眉をひそめる。靴下のうえからでも、その冷たさは伝わってきた。
たった一日だけしか空けていなかったのに、どこか久しぶりに思える。
「とりあえず、部屋あっためようか。いやー、寒いねぇ」
「そう、ですね……」
ストーブに電気をいれてもすぐに暖まるというわけでもない。明宜は新しいお守りを永劫に渡すと、こたつのなかに足を入れた。
「永劫くん」
「はい?」
「大丈夫だから」
「……べつに、俺は……」
不安ではないと言えば嘘になるが、言葉に出すほどではない。それをまるで見透かしたように、永劫の頭をそっと撫でた。おもわず顔をあげて、明宜を見上げる。
「きみ、倒れて運ばれたことなんてなかったでしょ。そりゃ、不安にもなるよ。だから、大丈夫。週末までゆっくりしていれば、野良神もそうそう手出しもできなくなるからさ」
「……野良神って」
「ん?」
「宿主の心に左右されるんですよね」
「うん。特にきみに憑いている野良神は、きみの心にかなり左右される。きみが望んで受け入れたから、余計ね」
「だったら、いい方向に気持ちを持って行けば、野良神も離れていくってことですか?」
「そうだね。……どうしたの、いきなり」
実際、そうなのだろう。
夏頃にくらべて、体の調子も良くなってきている気がする。無論、それは明宜がいてくれたからだが、逆に言えば、彼がいなければ今の自分はいない。必ず死んでいただろう。
「すこしは、よくなったのかなって思って」
「うん。よくなってるよ、すごくね。今のままでも命をとるまでの力はないよ」
「……」
そっと安堵の息をついても、まだこのなかに野良神がいるというと、まだすこし怖い。いや、実際恐ろしいものなのだろうが。




