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いちゞくの花  作者: イヲ
joyeux noël!!-ent-
58/68

エンターヴォ/imademo

「あらぁ、おかえりなさい」

「――え」




 コンビニで買ったケーキを、おもわず落としそうになった。




 別に、なにかが欲しいだとか、何かを望むだとか、そんなことはもう、卒業だと思っていた。

 それでも、それさえ許してくれないのは、やさしさなのだろうか。




「な、なんで鈴鹿さんがここに」

「だってぇ、せっかくのクリスマスイブ、一人じゃさみしいんだもぉん」


 妙に間延びした声と、男のくせにくねくねした動きにすこしだけ、頭痛がする。


「ほらほら、明宜ちゃんも待ってるんだから、上がって上がって」

「……わかりましたよ」


 どこか期待した目が、永劫(ながえ)の手を見下ろした。二人暮らしなのだから、ケーキは3人分もない。

 永劫は別に食べても食べなくてもいいのだが、このオカマと明宜にあげるのはなんだかしゃくに思えた。

 居間のこたつには、明宜がすわって永劫を見上げて「おかえり」とわらった。


「――ただいま。……す、すごい、です、ね」


 こたつの上に、所狭しと並んだ料理の数々に呆然とする。チキンに寿司、ピザに永劫が昨日作っておいた煮物。和洋折衷とは聞こえがいいが、重たいものばかりだ。

 見目にも、へんてこに見える。


「寿司も……あるし、ピザもあるし……。誰が選んだんですか、これ」


 なんとなく予想はできるが。


「お寿司は明宜ちゃん。で、ピザとチキンはアタシ」

「まあ、おおかた予想通りですね……。でも、高かったんじゃ……」

「いいんだよ、永劫くん。そんなこと気にしなくたって。俺はともかく、鈴鹿は金持ってるんだから」

「まぁね……って、ぼったくりしてたアンタに言われかないわ!」

「ぼ、ぼったくり?」


 憤慨している鈴鹿は、そうよぉと頷いて明宜を行儀わるく指さした。


「野良神関係でね。そういう仕事は危険はつきもの。命だっておとしかねないわ。だから、ギブアンドテイクよねぇ。100万や200万なんてザラよ」

「……そう、なんですか……」

「でも昔の話よね? 明宜ちゃん」

「さあ」


 彼は冷めた様子で肩をすくめる。

 

「ま、まあ、せっかく買ってきてもらったんだから、食べましょう。ケーキは3等分しなきゃいけないけど」

「あら! ぬかりないわねぇ、永劫ちゃん」

「白々しいこと言わないでくださいよ。昨日、約束したんです。珊瑚さんは夕食を買って、俺はケーキを買うって」

「んふ。まあ、いいじゃない。ほら、食べましょう」


 気味の悪い声で笑うと、鈴鹿は畳の上に置いてあったシャンパンを取った。

 永劫はいまだ未成年だから飲めないが二人は飲めるのだし、買ってきても何もおかしくはない。

 だが、明宜は不満そうに鈴鹿が開けたシャンパンを見下ろした。


「永劫くんはまだ未成年だからって言っただろ」

「あら、いいじゃない。何なら飲む? 永劫ちゃんも」

「飲みません! それに、気にしなくてもいいですよ。あんたたちは未成年じゃないんだし」


 グラスにシャンパンを楽しそうに注いでいる鈴鹿を見ていると、やはりすこしだけのんでみたいと思うが、犯罪だ。自分はウーロン茶くらいで十分だ。


「はいはい、明宜ちゃんもグラスもって!」

「……あのね、鈴鹿……」

「いいんですよ、珊瑚さん。俺はウーロン茶あるし。今日くらいお酒くらい飲まないと格好つきませんよ」

「はは、言うねぇ、永劫くん」


 いつもはまったく酒など飲まないのだから今日くらい、いいだろう。

 勧めると、ようやく明宜はグラスを持った。


「じゃ、乾杯!」


 シャンパンの薄い色がちらりと揺れる。


「あー、おいしい! やっぱり、モエのシャンパンはおいしいわよねー」


 おっさんくさい声を出しながらも、女言葉を使う鈴鹿は、やはりどこか不気味に見えた。

 

 あたたかい、と思う。

 祖父はクリスマスに何かをするということはなかったし、母や父のことはまだ思い出せない。こうして食卓を囲むこともあったのかもしれないし、ちがうかもしれない。

 そっと畳のうえを見下ろして、すぐに気づかれぬよう、顔をあげる。

 明宜と目が合い、ちいさく笑ってみせた。


「ほら、永劫くん。食べなきゃ鈴鹿に食べられるよ」

「いやね! アタシ、そんな意地汚いことなんてしないわよ」

「どうだか」




 父や母は、クリスマスをこうして過ごしたことがあるのだろうか?

 こうして、あたたかい空気を吸っていたのだろうか?

 

 せめて、とおもう。

 思い出さえ忘れてしまったばかな自分を、笑っていればいい。

 愚かだと、ひどい人間だと、笑っていればいい。

 そうすればきっと、すこしは救われるだろう?




 鈴鹿はモエのシャンパンを一滴残さず飲んでしまって、畳の上でつぶれている。


「やれやれ、鈴鹿もそんなに強くもないのに調子に乗って飲むから」

「え、そうなんですか?」


 鈴鹿が使い物にならないので、明宜と二人片付けた。ほとんど洗うものはなかったが、捨てるものが多い。

 寝こけている鈴鹿をまたいで歩く明宜の顔は平然としている。


「そうだよ。酒は好きだけど、強くはない。まったく。酒癖も悪いし、最悪だよね」

「はは……」


 自分も、飲んだことはないが酒はあまり好きにはなれないだろう。

 鈴鹿のような人を見てしまったからだろうか。

 風邪を引いてもいけないので、毛布を肩にかけてやる。片付けも一段落ついて居間に行くと、明宜がいなかった。

 どこへいったのだろうか、と探しても、家のなかにはいない。

 すると、居間の窓のむこうから、とんとん、という音が聞こえてくる。


「永劫くん」


 かすかな、くぐもった声。

 慌ててそのガラス戸をひくと、明宜がすこし寒そうに肩をちぢめて笑っていた。


「どうしたんですか?」

「ほら、雪」


 子どものように笑う明宜の指を差すむこうには、かすかに雪が降っているのが見える。


「ほんとうですね。どうりで寒いわけです」

「ちょっと、外でない? 鈴鹿はそのまんまにしておいて平気だから」

「あ、はい……」


 ストーブをいちばん小さくしておいて、コートを着込んでから外に出た。頬にかすかな冷たさがともって、おもわず顔をあげる。

 明宜は玄関のまえに立っていて、腕をついとひかれ、玄関を出た。


「どこに行くんですか?」

「この近くに公園、あったよね」

「はあ……」


 明宜の意図が読めず、ただうなずく。

 住宅街にしては街灯がすくない道を、明宜はなにも言わずにただ歩きはじめた。

 永劫もなにも話さない。ただ、ひかれるまま歩くだけだ。


 雪が降っているというのに、月があかるく照らしている。

 そのせいで、足下はそれほど暗くはない。


 どれほど歩いただろうか。ぼんやりと明かりが照らしている公園に入ると、明宜はまっすぐブランコにすわった。


「永劫くんも座って」

「……はい」


 促されるまま座ると、彼はそっと息をはいて、白いもやをつくった。


「たのしかった?」

「ええ、まあ。クリスマスをじいちゃん以外の誰かと過ごすなんて、記憶ではなかったから」

「……そっか」


 明宜はコートの胸ポケットに手をつっこむと、ちいさな箱を取り出して、そのまま永劫に投げてよこす。

 弧を描くそれを、あわてて受け取った。


「なんですか? これ」

「クリスマスプレゼント」


 どこか照れたように呟く彼は、なんとなく、らしくない様子を見せている。いつもは甘ったるい言葉を平気で吐くような人なのだけど。


「まさか鈴鹿が来るとは思っていなかったから、こんなところでごめんね」

「い、いえ……。えっと、開けていいですか?

「うん」


 ちいさな箱は、よく目をこらすと薄い水色をしていた。

 白いらしいリボンをほどいて開ける。


「……これ」


 月の光に反射しているのは、シルバーのキーホルダーだった。

 飾り気のないキーホルダーは、きっと長くつかえるだろう。長く、長く。


「うん。よかったら、使ってよ」

「ありがとう、ございます……。ええっと、すみません。俺……」

「ん?」

「クリスマスって、どっか他人事みたいだったから、プレゼントも用意してないんです」

「いいよ、そんなの。いつもきみにはお世話になっているから、そのお礼もこめて」


 手のなかで光り輝くそのキーホルダーを、そっと握りしめる。つめたいその感触が、じょじょにぬるく、あたたかくなってゆくのを感じた。


「きみがさ」

「え?」

「きみが一生懸命生きているの、分かるから。だから、放っておけないのかな」


 きい、と、鉄がこすれる音が聞こえる。

 彼はいつの間にか立ち上がっていて、月をみあげていた。まるで、この世界でいちばんきれいなものを見つめているような目をしている。


「鈴鹿や、俺にはないものを持ってる」

「そんなの」

「持ってるんだよ。きみは。まっすぐで、すごくきれいなものを持ってる」

「……」

「人として当たり前のことは、何よりも尊くて、すごくきれいなものなんだ。だからこそ、難しい。俺の両親や、鈴鹿の両親、俺たちはそれがなかった。当たり前のことは、なにもできなかった」


 そっと顔をさげて、永劫と視線をあわあせた。

 彼の目は、どこかまぶしいものを見るような目をしている。


 そんなことは、ないのに。

 自分は――そんなきれいな人間じゃない。


「俺は……そんな、できた人間じゃ」

「知ってる。でも、俺たちにとっては、大事で、大切だから守りたいんだ」

「……」

「ごめんね。俺は、そう思うことをきっと、やめられない」


 明宜のつめたい手が、永劫の手にふれる。かわいそうなほどに冷たい手は、冬だからではない。ずっとずっと、冷たかった。

 変わらずに、冷たかった。


「いいですよ、別に。あんたが俺のことをどう思おうが、あんたの勝手です。だから、俺もあんたのことを勝手に思ってる」

「うん。それでいいよ」


 この人は、ひどくて、臆病で――それでもやさしくて、必死に生きようとしている。

 それが、好きだ。

 言葉では、言えないけど。


「……大事にします」


 この話はおしまい。

 だから、せめて伝えておく。明宜のことも、このキーホルダーのことも、大事にすると。

 うん、と明宜はうれしそうにほほえんだ。


「きみは、決してひとりじゃない。だから、覚えていて」

「……?」

「あいされているっ、てこと」


 雪はやまない。

 ひどい雪ではないが、もしかすると今日は降り積もってしまうかもしれない。



 それでも、いい。

 冷たい季節も、凍えるような日も、永劫はけっして嫌いにはなれないだろう。

 うだるような季節も、暑すぎる日もおなじだ。

 夜も、嫌わない。朝も嫌わない。雨の日も、晴れの日も。


 それを教えてくれたのは明宜だ。


 花は、咲くだろう。

 夏も、冬も、夜も朝も、雨の日も晴れの日も、花は咲く。



 永劫は明宜の袖をひいて、そうっと、くちづけをした。


 せめて、伝わるといい。


 (あんたも、ひとりではないということを。)










>>ぜんぶぜんぶ、きみにあげるから。

メリークリスマス.

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