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いちゞくの花  作者: イヲ
第九花
56/68

-3-

「大神君!」


 病室に入ってきたのは、梓だった。ひどく焦っているのか、顔がすこし青ざめている。

 明宜がいることに気づくと、驚いたように足を一歩、うしろに下げた。


「八木? どうして」

「……どうして、って、目の前で倒れちゃえば心配にもなるわ」

「ああ、それもそう、か」


 体を起こそうとしても、めまいがして明宜に体をささえられてしまう。みっともないと思うが、体が言うことをきかない。


「初めまして、八木さん?」

「え、ええっと、初めまして。八木梓です」

「珊瑚明宜です。永劫くんがいつもお世話になってます」

「大神君の……ええっと、伯父さんか何かですか?」

「違うよ。じいちゃんの知り合い……かな」


 梓は不思議そうに、ふうん、と頷いてみせるが、どこか納得がいっていないようにも見える。それを明宜が気づいたのか、苦笑いしてみせた。


「ちょっとした縁で、永劫くんの家にお世話になっているんですよ」

「は、はぁ……。え? 一緒に暮らしてるってことですか?」

「ええ、そういうことになりますね」


 明宜はどこかつかめないような顔をしている。飄々としているというか、本心を隠そうとしているのが分かった。それがどこか不自然で、おもわず明宜を見上げて眉を寄せてしまう。


「――珊瑚さん?」

「……林君も、心配していたよ。大神君。でも、週末、無理しないでね。またいつでもいけるんだから」

「あ、うん、ごめん。迷惑かけて」

「そんな。迷惑なんて思ってないよ」


 彼女はあわててかぶりを振り、黙っている明宜をおそるおそる見上げた。

 そうしてすぐに視線をはずして、手にしたバッグを両手で抱きしめる。女の人らしい仕草とは、こういうことなのだろう。男がやっても気持ちが悪いだけだ。


「きっと、週末は無理だよね。また、体調がよくなったら林君たちといこう。楽しみにしてるから」

「ごめん、八木。埋め合わせ、必ずするから」

「うん。そういえば、これ、落ちてたよ」


 彼女のバッグから出てきたのは、赤いお守りだった。倒れたときに落としてしまったらしい。それを受け取ろうとしたが、明宜がそれを制して代わりに受け取ってしまう。

 すこし怯えたような表情をした梓は、足を一歩、再びさげた。


「ありがとうございます。八木さん。これ、大事なものなんですよ」

「そ、そうなんですか。拾っておいてよかったです。じゃ、じゃあ、私、帰るね。お大事に」

「あ、うん、ありがとう。わざわざ」

「ああ、八木さん」


 まるで逃げるようにきびすを返そうとした梓を、明宜が呼び止める。

 驚いたように目を見開いた彼女に、「大丈夫でしたか?」と問うた。


「え? どういうことですか?」

「――いえ、問題ないならいいです」

「は、はあ……。じゃあ、私はこれで。また学校でね、大神君」

「うん」


 四人部屋だが、だれも入っていない病室から逃げるように帰ってしまった梓のすがたを、明宜はやはり飄々として、本心を隠したままの目で見送っていた。


「あんたのこと、八木、すごく不審そうにしてましたよね……」

「いいんだよ。別に」

「は……?」

「俺のことはいいんだよ。それより、お守り。やっぱり黒ずんでるね」

「本当だ」


 明宜の手のなかにあるお守りは、やはり周りが黒ずんできてしまっている。

 まるで、永劫の心と共鳴しているかのように。


「……あの、医者、何か言ってましたか?」

「ああ、看護師さんがただの貧血だって言ってたけど、医者から見ればそれしか言えないだろうね。元はといえば野良神のせいだから」

「あ、そっか……」

「だいじょうぶだから」


 掛け布団の上にのせていた手に、明宜の手がそっとふれてくる。

 やはり、つめたいままだ。

 その体温をしるたびに、ほんのすこしだけ悲しいおもいになる。


「だいじょうぶ」

「――うん」

「永劫くん」

「……ん」


 手を握りしめられて、その冷たい体温がよけい感じてしまう。

 そっとくちびるを噛みしめて、うつむいた。その体温が、つらそうで、かなしそうにも感じてしまうからだ。


「今日は俺、泊まってくからさ。今日くらいはゆっくりしてってよ。まあ、病院だけど」

「え、いいですよ、帰ってもらっても。病院じゃあんたがゆっくり寝られないでしょう」

「それはちょっとおすすめしないなぁ。病院ってたくさんいるんだよね。……重い病気をもつ人の気とかに中てられてしまっても、いろいろまずいことがおこるよ。だから、章介さんが倒れたときも、俺が一緒にいたでしょ」

「そう、なんですか……」


 パイプ椅子にすわった明宜はほんのわずか、険しく目を細めている。

 その目に、なにが映っているのだろう。

 永劫の目にはけっして映らない、彼の気持ちも思いもわからない、それがすこし、悔しくなる。それはたぶん、明宜にしてみれば、いい迷惑で何も分かってはいないと怒られるだろうけど。


「どうしたの、永劫くん」

「い、いえ、なんでも……」

「きみのことだから、俺の気持ちが分からないから、辛いとか思ってるんでしょ」


 図星をさされて、おもわず喉が鳴る。

 顔をあげても明宜は笑わずに、ただただ真摯に永劫をみつめていた。


「だいじょうぶ、って言ったでしょ。俺は、もうずいぶんきみに甘えさせてもらっているし。弱いところも、情けないところも見せちゃってるしね」

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