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「あら、眠ったの」
「……おまえは盗み見の趣味でもあったのか」
「いやね。通りかかっただけよ」
「見てたら同じことだろ」
眠っている永劫の自室から出て、一階のリビングにむかう。すでに花火はおわり、静寂がおとずれていた。
「静かねぇ」
「……」
熱い茶を飲みながら、鈴鹿はそっとつぶやく。
犬の鳴き声さえない。
「ねえ、明宜ちゃん。ほんとうによかったの?」
「なにがだ」
「永劫ちゃん、思い出しちゃったんでしょう。記憶を封じることもできたはずよ」
たしかに、思い出させないようにするのも可能だ。だが、永劫は自分の意思で思い出したいと言っていたのだ。それを制することは誰にもできないだろう。
「永劫くんは、誠一郎さんに守られるようにして亡くなっていた。そのときから、永劫くんは自分自身の世界を変えてしまった。それはとても辛かっただろう。……それよりも、自分のせいで誠一郎さんが亡くなったということのほうが辛かったはずだ」
鈴鹿は何も言わない。
永劫の思いは、永劫にしかわからない。それがたとえ、いちばん近しいものだとしても。ゆえに、明宜のそれも想像でしかない。
「彼はやさしい子だからね」
「分かってるわ」
「だから、自分の痛みは自分のものにしたがる」
以前永劫は自分の痛みは自分のものだと言っていた。
それを分けようとはしない。すべてじぶんで背負い込んでしまう。だからこそ、野良神を招いてしまったのだろう。誰にも言えずに、ただただ自分の心にしまい込んでいるのだ。
無論、それも想像にしかならないが。
「想像にしかならないけどね」
「――明宜ちゃん。アンタがいなかったらずっと野良神を飼ったままで、両親の顔さえも忘れたままだったはずよ」
「……」
「アンタがいなければ、彼は死んでいたわ。必ずね」
あの日あのとき、彼が神社に肝試しに行かなければ、出会わなかった。
――過去のものとして、すべて自分の胸のうちに閉じ込めたまま会うことはなかっただろう。
せめて、しあわせであってほしい、と。
ただそれだけを願っていたのだろう。
野良神を飼っていると知りながら、自分はただ見守るしかなかった。
「けど、彼は――永劫ちゃんはアンタを命の恩人とは思っていないようだけど」
「いいよ。別に、恩人として見て欲しいわけじゃないし。そういう目で見られても、嬉しくない」
「ふふ、そういうと思ったわ。アンタはそういう子だったものね。さて、アタシはもう寝るわ。悪いわね、布団用意してもらって」
「そう思うなら、近くに来たら連絡ぐらいしろ」
鈴鹿はぼやく明宜を見つめると、ちいさく笑う。
そうして、ふたたびくちびるを開いた。
「でも、よかった。アンタ、結構幸せそうで」
それだけ言うと、鈴鹿はリビングを出て行った。
一人残された明宜は、からになった湯飲みを見下ろす。すこしだけ肌寒く、肩がすくんだ。
「しあわせそう、か……」
長い目で見れば、明宜の人生は幸せではなかっただろう。親にゴミくず扱いされ、使い捨てにされそうになった明宜は、たしかに心を閉ざし、信じることをやめた。
しかし、たしかにあの子は――永劫は、明宜を受け止めてくれたのだ。
明宜のまことの心を知ってもなお。
だからこそ、守りたかった。愛した、たった一人の人だ。死なせはしない、と、最初から思っていた。だが、それも応えて欲しいとはおもってはいなかった。
自分の、凶暴にも似た胸のうちを。
永劫は、それさえも受け入れた。
そのうつくしい目で、真実だけを受け入れた。そこに嘘やいつわりはなく、意味もないのだ。
嘘は通じない。
嘘をつき通すことも、たぶんないだろう。永劫だけには、真摯でありたかったからだ。
「――……しあわせ、か」
にかいめの、ことば。
目を閉じる。
真摯でありたい。
だがそれも、今まで生きてきた偽りの心を覆すということは、相当の勇気がいった。
彼に、どう接していいのか分からないときもあった。だからこそ、彼は不審そうにしていたのだろう。
それは、自業自得としか言いようがない。
「たしかに、――しあわせだよ。今は」
明宜はひとり、くちもとをゆるめてほほえんだ。




