-5-
足下が、ぐら、と地面がゆれるような感覚におちいる。
「!」
あしもとに、小岩がおちてきた。地響きがきこえる。白いだけの空間に、すでに桜の着物を着た母も、薄鼠の着流しを着た父もいなかった。
天をみる。
巨大な岩が、こちらを狙うように落ちてゆく。
「え……」
人間一人くらいつぶすのに、どうということもないだろう。おもわず目を閉じる。それでも、岩が落ちてくる音は消えない。
巨大な地響きとともに、それは落ちた――が、永劫の身は無事だった。これが夢だと分かっているからかもしれないが、それでも、たしかにそこには――。
「母さん……父さん……?」
岩のした。
血だまりがあった。奇妙な方向にねじれている腕や足が、そこにはあった。
「……ああ、そう、か……」
どす黒い赤。
その先には、うつくしく笑ったままの母がいるのだろう。
苦しむ暇もなかった。
なにがおこったのかさえ、分からなかっただろう。そうして、――死んでから気づいたのだ。自分たちは、永劫に殺されたのだ、と。
「……ぜんぶ、俺のせいだ……」
手がふるえる。
足に力が入らなくなり、その白い空間に膝をついた。
母の怨念が、永劫を苦しめている。ずっと探している。
ともに死んだ父を見つけられずに、ずっとずっと探している。それを永劫のせいにして、ずっと探しているのだ。
「俺だけが生き残ったからじゃない。母さん、母さんは苦しんでいるんだろう? 父さんを見つけられないから、苦しんでいるんだ」
永劫は、父に守られて生きた。
逆に言えば、父は永劫を守って死んだのだ。
それを認めたくない母は、父を追って岩のしたに飛び込んだ。そうして――死んだのだ、と。
「父さんは、きっともう向こうにいってるよ」
父の顔はまだ思い出せない。それでも、どんな人だったのかは分かる。きっと強くて、優しい人だったのだろう。
「俺を恨んでいてもいい。だけど、父さん一人じゃきっと、父さんも悲しむし、寂しいよ」
時間が止まったように固まっている血は、まるで鏡のように永劫の顔をうつしている。今の自分の顔はとても情けないものだった。今にも泣きそうにゆがんでいる。
「じいちゃんもいなくなったけど、俺はひとりじゃないから……」
どうして今更思い出したのかは、なんとなく分かった。
高桐美鈴の存在が大きかったのだ。彼女が、ほんとうに明宜のことが好きだと言うことが分かったから。
彼女のことはあまり好きではないが、それでも明宜のことを好きな思いだけは分かる。痛むほど。だから、本当の意味で彼女を嫌えないのだろう。たとえ、明宜が美鈴を嫌いだと思っていても。
だからこそ、強い不安感がわき上がったのだ。――今まで感じたことのない不安感が。
それほどまでに強い依存を感じている。自分で、理解してしまっている。
それが、――辛い。苦しい。それでも、どこか嬉しく感じてしまっていた。
「永劫くん」
やさしい声が。
「……」
意識が急浮上する。
頭がすこし痛むが、そっと持ち上げた。
「……永劫くん」
「さ、んごさん、俺……」
「――うん」
明宜は、どこか安堵したような表情をしている。
その目は、間違いなく永劫をみつめていた。高桐美鈴ではなく、永劫を、――永劫だけを。
うすい飴色の目はどこまでも優しくて、湖面のようだった。
「珊瑚さん、俺、思い出した、ような気がします」
「……そうだね。きみのなかにいる野良神を見れば分かる。ずいぶん、――小さくなっているみたいだね」
「もう、声も出ないみたいだった」
「辛くはないかい」
「――すこし、つらい」
目のおくが熱い。たぶん、今自分は泣いているのだろう。
くちびるを噛んで、嗚咽を我慢する。父も母も、悲しいのだろう。それぞれ、離れてしまって。
「父も母も、きっと悲しいんです。寂しいから、野良神を呼んでしまった。俺の思いと一緒に」
思い出したくないという願いが、悲しくて寂しいという思いが野良神を呼んで、永劫の記憶を喰った。自分が楽になるために。そして、せめて母の慰めになるようにと。
「そうだね……」
「あんたは、知ってた。こんなに辛い記憶をひとりで抱えてた」
「うん」
「分かってたんだろう。いつか、思い出す日がくると分かっていたから、俺のそばにいてくれた」
「それだけじゃない」
「うん。だから、そばにいてくれることが、苦じゃなかったんだ」
「俺も、きみもね」
天井がゆがんで見える。
まだ自分が泣いているのだと知って、情けなくなった。おもわず手の甲でぬぐおうとしたが、明宜にそれを制されてしまう。
腕をどけられると、すぐにくちづけられた。
「大丈夫だよ。俺は、きみのそばにいるから。思い出しても、ずっと」
「――うん」
「そばにいる」
まるで、子守歌のようにささやく。その言葉はあたたかく、やさしい。体温はあんなに冷たいくせに。それでも、その体温も嫌えない自分がいる。その自分も、嫌いじゃないと言うことを理解して、どうしようもない思いが胸のうちにうずまいた。
「だから、眠っていいよ。ここにいるから。ずっと」
「……」
「せめて、今は夢を見ないように」




