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いちゞくの花  作者: イヲ
第八花
51/68

-4-

 おそらく、美鈴と接触したためだろうと、鈴鹿が言った。

 ちょうど近くを通りかかったから、と鈴鹿は言っていたが、何らかの虫の知らせがあったのかもしれない。

 永劫はすでに意識を失った状態だった。意識を失ったのは、百合の香りのためだろう。明宜や鈴鹿には分からないが、永劫のうちがわからにじみ出る野良神の力の残滓が、香りとなっているという。


「まずいわね。野良神が暴れてる。――いったい、何があったの。明宜ちゃん」

「――高桐美鈴に会った」

「あらあら……」


 畳の上に寝かされている永劫の顔色は、いいとは言えない。青ざめ、荒く呼吸をしている。

 野良神と、宿主が共鳴するのはそうめずらしくはない。ただ、今の永劫の状況はどこかがおかしい。

 永劫から離れ始めたというのは、間違いない。共鳴すると言うことは、すでに野良神と宿主が一体となってしまっている場合が多い。

 野良神に憑かれた人間は、そう長生きできないが、うまくつきあえば普通の人間として生きていくことができる。

 しかし、永劫はそれも見えない。

 考えられる唯一の原因があるとすれば、――極度な不安を覚えたり、心が不安定になったりする、心因的なものだろう。


「それは、なんというか――巡り合わせが悪かったというしかないわねぇ」

「……ああ」

「そりゃあ、元カノが突然来たら動揺するわよねぇ。前、彼女がきたときも、暴れたんでしょう?」


 明宜がうなずくと、鈴鹿はちいさくため息をはき出した。こればかりはどうしようもできない。偶然というものは恐ろしいものなのだから。


形代(かたしろ)をちょうだい」


 紙でできたヒトガタの人形を鈴鹿に渡す。それを受け取り、永劫の胸にそっと下ろした。


六根清浄(ロッコンショウジョウ)


 鈴鹿が呟くように囁くと、ピンセットですぐにその形代を外し、漆の箱にしまう。その形代は、すでに黒ずみ、ともすればぼろぼろになってしまいそうだった。


「これで明日、みることね。たぶん、大丈夫だと思うんだけど」

「永劫くんは、優しいから動揺してしまうんだろう。どうしても、――すべては、俺のせいなのにな」

「……まあ、そういうことにしておきましょう。ああ、疲れた。今日も仕事三昧だったわ。泊まってっていい?」

「――ああ。風呂も沸いているから、勝手に入れ」


 背中をむけて部屋から出て行く直前に、鈴鹿がつぶやく。


「……不安にさせるなとは言わないけど、あんまり、大事にしすぎるのもどうかと思うわ」

「……」

「この子だって男だもの。行き場のない心ってのも、あるんじゃない?」


 そうつぶやいて、鈴鹿は風呂に入るために廊下を歩いて行った。

 足音も聞こえないなか、明宜はただ青ざめた顔をしている永劫を見下ろす。顔にかかった黒い、日に焼けていない髪をそっと払ってやった。明宜から見て、まだ幼さの残る顔。やはり、大事にしたいとおもう。

 ――大事にしすぎても、きっと傷つけるだけと言うことも分かっているというのに。痛いほど。

 大事にされなかった男は、それ故に愛をほしがる。そして、得た愛を、今度は閉じ込めようとするのだ。

 そうして、いずれ、壊してしまう。


「分かっているよ」


 そうつぶやいても、この胸のうちの蓋をいとも簡単に外せるほど、明宜はできた人間でも、理性的な人間でもなかった。

 分かっているからこそ、どこか――不安定になってしまう。


「永劫くん」


 うすいくちびるにそっと指を沿わせた。

 それでも目が覚めない永劫の、たよりない手にも触れ、腕に触れ、肩に触れる。

 足りない。

 足りない。

 凶暴な胸中に、失笑する。


(俺も、ほとほと嫌な男だな。)


 あの女――。高桐美鈴のように。


 目をさまさない永劫のくちびるに、そっとくちづける。






 夢を見た。

 何回目だろう?

 彼女たちの夢をみるのは。


 母の顔は分かるが、いまだに父の顔が思い出せない。桜が舞い散るなか、ゆったりと寄り添う二人は、どこからどう見ても、完璧な夫婦だった。

 ただ、あるはずの子どもへの愛情が、それだけがない。

 ふふ、とほほえみ続ける母。

 影がかかって見えぬ顔の父。

 しあわせそうなふたり。


「あいしてる」


 彼女が言う。

 もしも、その言葉が永劫にむけて言ってくれたのだとしたら、きっと――野良神に憑かれることも、明宜に会うこともなかっただろう。

 どちらが幸せなのか、分からない。

 きっと、これからもずっと分からないだろう。


 ふいに、足下に黒い影がうずくまっているのを見た。


「だれ」


 もぞもぞと動いているそれは、言葉を発することはなく、ただ身動きをするだけだが、その物体が「何」なのか、永劫はすぐにわかった。


「野良神……」


 もう、以前のように言葉を発することもできなくなっているのか。それほどに、永劫から離れ始めている。

 野良神は「喰うもの」。野良神は人を「殺すもの」。祀られることがなくなってしまった、哀れな野良神は、人の心から生まれたものだという。

 自然への畏怖、人知の及ばぬものへの畏怖。さまざまな事柄の畏怖が、神を、野良神を作ったのだろうか。


「父さん。母さん。俺は、なんの罪を犯したんだ?」


 おしえてほしい。

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