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いちゞくの花  作者: イヲ
第一花
5/68

-5-

「いやはや、覚えていないとは……」

「まだ、彼も幼かったですから」


章介が入れた茶を飲みながら、明宜は呟く。

いや。

覚えていないのではない。

思い出そうとさせないのだ。彼自らの本能が、そうさせている。


「して、珊瑚さん。野良神さんは、どうなんですか?」

「はっきり言って、危ないですね。俺が施した結界もいつまでもつことやら……。ですが、安心してください。彼は、俺の命を懸けて(・・・・・・・)守りますので。そう約束しましたからね」

「……ありがとうございます。本当に、申し訳ない。私が変わってやれればいいのですが、こんなおいぼれに野良神さんが憑くこともないでしょうから」

「彼は、そういう血筋に生まれたのです。遅かれ早かれ、こうなるはずだった。しかし、本当に運が良かった。こういうのを、めぐりあわせがよかった、というんですかね」


章介は静かに笑って、明宜を見据えた。

その眼は真剣で、理性と知性がともっている。


「私も、そろそろお役御免ですわ。永劫も、あんなに立派になった。そろそろお迎えが来てもおかしくはないでしょうな」

「そんなことはありません。まだまだ、章介さんには生きていてもらわなければ」


明宜が笑うと、彼も静かに笑った。

茶を飲み込むと、襖のむこうで音が聞こえてくる。

たぶん、準備ができたのだろう。


「じいちゃん、珊瑚さん、準備できたよ」


トランクを廊下に置いて、座敷に入ってくる。

ずいぶん早かった。今の大学生っていうものは、持っているものが少ないのだろうか。


「ずいぶん早かったじゃないか」


章介が驚いたように言っても、永劫は「そうかなあ」と首を傾けただけだ。


「別に、一か月くらい、どうということもないだろ。いるのは着替えと、パソコンと、あとは……読みたい本くらいしかないし」

「健全なんだか、不健全なんだか……」

「は?」


明宜がぼそりと呟いても、当の本人は何のことか分からないようだ。


――それにしても、よく信じたな。


はっきり言って、そう思わざるを得ない。

ふつう、神だ野良神だと言っても、信じない。そう、ふつうは。

それでも永劫は、あっさりと信じた。

思い当たるふしはあるにはあるが――。


「じゃ、そろそろお暇します。行こうか、永劫くん」

「あ、はい。じいちゃん。行ってきます。それと、お伊勢参り、気を付けて行ってきてよ」

「わかっているよ。珊瑚さん。どうぞ、永劫をよろしくお願いします」


深く頭をさげられ、明宜はゆっくりとうなずいた。




来た道を戻るのだろうと思っていたが、どうやら違うらしい。

そろそろ暗くなってもいい時刻だ。

車は来た道のわき道を通り、人気のない、なだらかな坂道を上っている。


「あの、珊瑚さん。どこに行くんですか?」

「うん? ああ、うん。ちょっと、野暮用。きみが持っているお守りに、さらにプラスアルファをね」


そんな、相乗効果ばつぐん!みたいなことができるのだろうか。

やけに自信たっぷりに言われて、はいそうですか、としか言えない。

がたがたと揺れる車に乗って10分ほどたっただろうか、いかにも「出そうな」古い日本家屋についた。家のまわりは木で囲まれていて、鬱蒼としている。

昼間でも、これならば日に当たらないだろう。


はっきり言って、怖い。

情けないが、怖いものは怖いのだ。


「じゃ、出て」


明宜は車からさっさと外に出てしまった。


「え……あ、いや……その」

「どうしたんだい?ほら、早く」


不思議そうに首を傾けているが、車に一人残るのと、勇気を振り絞ってここから出る、のと天秤にかける。

答えは一人になるのが怖いから、という無様でまぬけで、情けないものになってしまった。


「だーいじょうぶだって。なーんも怖くないよー。ほーら、おいでー」

「うぐっ!」


明宜はにやにやといやらしく笑っている。

ばれている。というよりも、永劫が顔に出すぎている、というほうがあっているだろうが。

ちちち、とまるで猫を懐かせようとしている音までだして、馬鹿にされている。


「う、うううううるさい!」


思わずどもってしまった。

これでは「怖いです。」と豪語しているようなものだ。

若干、へこんだ。


にやにやと未だ笑っている明宜の横を歩いていると、周りの木々から鳥が飛び立つ音が聞こえる。

思わず肩がすくんだ。

なんでこう、自分は小心者なのだろうか。


幼いころから、ずっと「怖いもの」が嫌いだった。

何故かはわからないけれども。


古めかしい扉に手を当てると、明宜はチャイムもノックもしないで無遠慮に開けた。


(れい)さーん。いるんでしょー?」


ぎしっという、踏み抜きそうな音をたてながら、明宜は家に入って行ってしまう。

禮、という人は名前からしても、男なのか女なのか分からない。


「はいはい、なんだい。そんな大声出さなくたって聞こえているよ」


奥から出てきたのは、驚くほど美人な女の人だった。

黒く長い、艶やかな髪を後ろで縛り、――巫女が着るような白衣と緋袴を着ている。


「おや」


禮は軽く目を見開くと、永劫を見やった。

そして険しい表情をするかのように、目を細める。


「おやおや、これはまた。厄介な野良神さんに魅入られちまったね」


男のような言葉遣いの禮は、にやりと人の悪そうな笑みをこぼした。

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