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いちゞくの花  作者: イヲ
第八花
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-2-

「復讐……」


 立ち上がり、明宜は静かにかけぬける風を眺めるように、むこうがわに見える山を見上げた。


「……これは、俺の本心。きみには言わずにすめばよかったんだけどね。でも、言わずにはいられなかった。……きみに甘えてしまっているのかな」


 まるで、自らを嘲るように笑っている。


「ごめんね」

「謝らないでくださいよ。俺があんたの力になれるなら、それでいいです」


 紅葉がうつくしい景色を見上げ、明宜と視線をあわさないように呟く。石をふたつ積み上げただけの簡素な墓石を見下ろして、そっと目を閉じる。永劫は、明宜を産んでくれた彼の両親に感謝をしているが、たぶん好きにはなれないだろう。それ以外に何の感慨もわかない自分は、冷めた人間なのだろうか。


「俺があんたの力になれることなんて、たかがしれてますけど」

「そんなことないよ」


 風でかき消されそうな声で明宜は呟いた。

 ふいに手をつながれて、思わず息をつめる。その冷たい手は、まるで泣いているようだった。

 ――泣いてしまえばいいのに、と思う。泣いてしまえば、きっとすこしは気持ちが楽になる。すべてを取り除くことは決してできないだろうけど。


「行こうか。たぶんもう、ここに来ることはないだろうけどね」

「……?」

「もう、ここには来ない。俺は、もう過去を振り返らない。前を見ることにする。そう決めたんだ。そしてそれを、きみに聞いてほしかった」

「……」


 過去を振り返らない、と彼は言った。

 それは、とても辛いことではないのだろうか。辛くて悲しいことだ。


「振り返っても、別にいいんじゃないんですか。だって、思い出も記憶もぜんぶ捨てるってことですよ。それができるほど、あんたは強くない」

「……はは、なるほどね」

「俺だったら、未来だけを見るなんてことは言わない。俺も、強くないから」


 つながれた手の力が、しずかに強まる。まるで、ガラスにでも触れるかのようだ。昨夜も言ったが、自分はそんなにもろくない。しかし、強くもない、中途半端な人間だ。

 それでも人間など、そんなものなのかもしれない。強くも弱くもない人間ばかりで、みんな未完成で、中途半端なのだろう。だから、人の優しさがほしくなる。


「俺は、たぶん一生中途半端で未熟なままの人間だと思います」

「……」

「でも、それはそれでいいと思えたのは、あんたがいてくれたからです。――珊瑚さん」


 弱いままでいいというわけではないが、それでも人の強さには限界があると思っている。


「だから、辛かったら泣いていいんだと思います」


 辛かっただろう。今まで。親に憎まれているのも辛いが、存在自体を否定されるのはきっと、もっと辛いだろう。

 明宜は長い前髪を風に揺らしながら、くちびるをそっとひらいた。


「……こんなおっさんが泣いても、きみに何の得にもならないよ」

「アホですか、あんたは。得だろうが特になかろうが、俺には関係ありません。俺は、泣いたらいいって言ってるんです」


 否定はしなかった。

 泣きたくないと、言わなかった。


「……」


 かすかに、喉が鳴る音が聞こえる。そうだ。泣いてしまえばいい。


「うわっ」


 いきなり抱き込まれて、息をつめた。つめたい風がほおをかすめる。ストールが首から落ちて、すすきの葉に落ち、視界の端で生き物のように動いた。


「……」


 かすかな嗚咽がきこえる。

 永劫は何も言わなかった。言うべき言葉が見つからないのではなく、今、どんなに綺麗な言葉を彼に捧げても、意味をなさない。明宜は今、本当の心で泣いているのだから、何も言わないし、言わなくてもいい。

 今、永劫が彼にできることは、背中に手を回すだけだ。

 それだけしかできないし、それでいいとも思う。

 つめたい風が明宜の薄い色の髪の毛をさらう。肩口から見える景色は、まるで燃えているようだった。山が燃え、空に火の粉が散っているようにも見える。

 悲しみもすべて、燃えてしまえばいいのに。


 どれほどこうしていたのかはわからない。

 ただ、ずいぶん長い間こうしていた気がする。


「……ありがとう。永劫くん」


 そうっと体を離されて、冷たい風が体を舐めた。ストールを拾って、ついてしまった枯れた葉を払う。


「……」


 すこしだけ、目が赤い。それでも、からかうこともないだろう。自分も、もう腫れが引いたとは言えないだろうから。

 目の端に涙がすこしだけ残っていた。それを見ないふりをして、足下を見下ろすと黄金色のススキは、まるで波のようにゆれていた。


「ちょっと、すっきりした、かもしれない」


 照れたように笑う明宜は、その言葉どおりどこか晴れやかな顔をしている。それでも、すべてを洗い流せることは一生ないだろう。心にうけた傷が一生直らないように。


「――うん」

「もう少し、ここにいてもいいかな」

「うん」


 空は秋晴れで、ひどく遠くに感じる。

 白い雲がゆっくり流れ、それを明宜はただただ見上げていた。


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