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いちゞくの花  作者: イヲ
第七花
42/68

-4-

車に乗り込んで、明宜は野良神避けの煙草に火をつけた。


「運よく空いてたよ。宿だけどね」


ホテルではなくても十分だ、というと、明宜は口許だけで微笑んだ。


「あの、どこの海に行くんですか?」

「まあ、着いてからのお楽しみってことで。でも、きれいな所だからさ。楽しみにしててよ」


車のなかは香のにおいが漂い、心地のいい眠気を誘う。

眠気とはいっても、眠くなることはない。ただ、心地の良いにおいが体を覆っているような気がするだけだ。


「珊瑚さん」

「ん?」

「ありがとうございます」

「なにがだい?」

「いろいろです」


この人の重荷になりたくないと思っていたが、結局は祖父のこともすべて仕切ってもらってしまった。

その重荷は、きっと相当なものだっただろう。

だが、謝ることはやめた。

それはきっと、祖父自身と彼自身の冒涜になってしまうからだ。

だからせめて、礼を言わせてほしかった。


「うん」


明宜はただうなずいただけで、何も言わないでいてくれる。

それは優しさだとわかっているが、それに甘えることしかできない自分が嫌だ。


「もし、あんたが答えたくなかったらいいです。でも、もしよかったら聞かせてください」

「うん」

「じいちゃんはどうして、あんたのことを知ってたんですか?」


車はやがて国道に入った。反対車線は、たくさんの車が走っている。

風を切る音が締め切った窓からびりびりと響いた。

かすかな沈黙の後、明宜は短くなった煙草を灰皿に押しつけ、そうしてくちびるを開いた。


「そうだね。もう、いいかな。伝えても。――きみや章介さんの血筋は、どうやら珊瑚の家とか鈴鹿の家とかに似ているらしいんだ」

「!」

「神降ろしとか、依代としての力はないけど、だからこそ厄介だ。自分を守るすべもないし、力もない。ただ、開けっ放しの状態なんだ」

「……それは、どういう……」

「たまにね、出るんだよ。そういう力がある家系とは関係なく、ただ、いきなりそういう素質が現れる家系が」


いきなりそう言われても、何が何なのか分からない。

ただ呆然としている事しかできない自分に明宜は僅かに目を細め、そしてなお、口を開いた。


「力がないから、寄り付きやすい。野良神や神にとって、格好の餌なんだ。だけど、野良神が憑く可能性はほとんどない。なぜなら、見つけられないからだ。自分自身が気づかなければ、それだけ野良神も気づけない」

「それでも、俺は……」

「そう。野良神に憑かれた。それは、きみが望んでしまったからだ。それは滅多にないことなんだよ。だから、なかなか離れないし、対処法も分からない」


膝に置いた手が震える。

これは、決してまぐれではない。

なるべくして、なってしまったことなのだと。

自分が望んでしまったのだから、誰かのせいではないのだ。


「そのつてで、章介さんと知り合ったんだ。きみは憶えていないだろうけど、神社によく来ていてくれていたから、すぐに分かったよ。まあ、そのころは俺も荒れてたんだけどね。それでも章介さんにもよくしてもらったし、何よりきみに救われた。そのことは前言った通りだ」

「……そう、だったんですか……」


憶えていないことが何よりつらいし、きっとそれは罪なのだろう。

自業自得とはいえ、本当に馬鹿だ。

こぶしを強く握りしめる。


「不安にさせたらごめん。でも、きみのことは俺が守るから。――と、いうか守らせてほしい」

「……うん」

「別に、恩があるからじゃないよ。俺がそうしたいから、そうしてるだけ」

「うん」


この人は、欲しい言葉をたくさんくれる。

永劫自身は、そうされることは慣れていないからだろうか。そのままじかに飲み込むことは、ひどく怖かった。

怯えすぎだとわかっている。

だからこそ、甘えてしまう。最低だとわかっているくせに。


「怖い?」

「……うん」

「はは、素直でよろしい」

「怒らないんですね」

「怒らないよ。そんなことじゃ」

「だって、信じられていないんですよ」


明宜はちいさく笑って、何本目かの煙草を灰皿に押しつけた。

かすかな香のにおいが滲む。


「何でもかんでも信じる人間よりは、ずっとずっといいよ」

「でも、きもちがいいものじゃないでしょう」

「そんなことないよ。言ったでしょ。ほどきがいがあるって」

「え? あ、ああ、はい」

「きみはきみのまんまでいい。無理に変わる必要はないよ。変わるときは、自然に変わるものなんだからさ」

「そういう、ものでしょうか」

「そういうものだよ。あ、ほら、海が見えてきた」


フロントガラスに、オリエンタルブルーにも似た色が広がっていた。

太陽に反射して、きれいに輝いている。


「生まれて初めて、海を見た気分です」


実際、そうなのかもしれない。

この9年間、海は見たことがなかった。それ以前は、憶えていない。

見たのかもしれないし、見ていないのかもしれない。

それでも、今はどっちでもよかった。

今、見ることができたのだから。


「……あんたと見ることができて、よかった、のかもしれません」

「どうして?」

「なんとなく、です。理由なんて、いいじゃないですか」

「はは。まぁね」


きれいなだけではいられないけど。

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