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いちゞくの花  作者: イヲ
第七花
40/68

-2-

大学の校門を出ようとしたとき、ふいに呼び止められた。

その声はたしかに男なのだが、振り返れば女だった。

鈴鹿彰比呂。その人が校門の前で待っていたのだ。


「え? 誰?」


隣にいた野原は呆然とその男を見上げている。


「お久しぶりねぇ。永劫ちゃん」


黒く、長い髪はそのままで、相変わらず青のカラーコンタクトをしている目は異様に目力が強い。


「な、永劫ちゃん? どんな知り合いだよ!」

「ちょっとした知り合いだよ。じゃあ、野原。また明日」


鈴鹿は意味があるのかないのか分からないが、笑っている。

おいて行かれた野原は、ただ呆然と立ちすくんだままだった。



「何しに来たんですか……。大学まで」

「んふふ。ちょっと心配になってね」


気味の悪い笑い声をもらす鈴鹿は、どこか楽しそうに目を細めた。

あまり人がいない喫茶に入ると、彼はためらいなく甘いコーヒーとケーキを頼んだ。

永劫はごくごく普通のコーヒーを頼んだが、君が悪いくらいにニコニコ笑っている鈴鹿を前にすると、なんだか飲む気も失せる気がする。


「あなた、ずいぶん吹っ切れたみたいな顔しているわね。なにかいいことでもあったの?」

「悪いことならありましたけど。ほかは別に」

「明宜ちゃんに聞いたわ。おじい様、亡くなったみたいね」

「ひと月前に」


鈴鹿はわずかに目を伏せたが、すぐに視線を戻した。


「……俺がしっかりしなきゃいけなかったのに、珊瑚さんに全部やってもらって。本当に、悪いと思っています」


なぜそんなことを自分が言うのか分からないまま、そう吐き出す。

それでも、本当のことだった。

すべて手配済みだったというものの、明宜は最初から最後まで力になってくれた。

いや、違う。

力になってもらったというのもおこがましいほどだ。


「いいのよ。永劫ちゃんはそんなことを気にしなくて。明宜ちゃんは、ああいう性格でしょ? やりたくないことはとことんやらないんだし。あなたの力になりたかったと思うし、それ以上にあなたのおじい様のことを慕っているのよ」

「……だと、いいですけど」


茶色かかった黒色のコーヒーを見下ろす。

情けない顔をして自分がぼんやりと映って、思わず目をそらした。


「それより、鈴鹿さんはなんで戻ってきたんですか?」

「あなたが心配だったってのと、ちょっと用事があってね。でもまたすぐに行かなきゃいけないのよ。こう見えてアタシ、忙しいんだから」

「そうですか……。最近、夢に見るんです。母の夢。だからきっと、時間はかかると思いますけど思い出すような気がするんですよ。だから、きっと大丈夫です」


鈴鹿は「そう」と微笑んで、腕時計を見下ろす。

つられて自分の腕時計を見下ろすと、すでに5時をとうに過ぎていた。

――まずい。スーパーが締まってしまう。

すこしだけ残っていたコーヒーを飲みほして財布を探すが、鈴鹿がそれを制す。


「いいわよ。アタシが出すから。急いでるんでしょ。明宜ちゃんによろしくね」

「でも」

「いいのいいの。ほら、行ってあげて。明宜ちゃん、待ってるわよ」


やたら急かすので、申し訳ないが奢ってもらうことにする。

また、遊びに来てもらえればいい。


「すいません、ごちそうさまです」

「はいはい。じゃあね」


あわてて喫茶店を出ると、駅があるほうへ走った。

まだ間に合うだろうけど、きっと出るころにはぎりぎりになってしまうだろう。



心配してくれる人がいると言うのは、なんだかむず痒い。悪い気がしないと言うのも、どこか困る。


ぎりぎりで買い物を済ませて家に帰る途中、ちかちかと点滅している電灯にびくびくしながら、歩道を歩く。

夕食の材料が入ったビニール袋を持ち直して、早足で暗い道を通り過ぎた。


スーパーから家は近いが、そこまで電灯が着れている場所がたびたびある。

怖いが、回り道もできないので仕方がなくここを通るしかない。


「……」


自分でも情けないほど足が早まって、早足を通り越して小走りになる。

ようやく明かりが見えてきて、ほっとした。


そういえば、鈴鹿が来たことを明宜は知っているのだろうか。

あとで聞いてみよう。


「ただいま」

「おかえり」


すぐに返事が返ってきた。

リビングにでもいたのだろうか。

顔を出した明宜は、どこか眠そうにしている。あれだけ寝ていたのに、まだ眠いのか。


「今日、遅かったね。どうしたの」

「あれ、連絡来てなかったんですか? 鈴鹿さんが来てたんですけど」

「鈴鹿が?」


鈴鹿は連絡していなかったのだろうか。

どこか面白くなさそうな顔をしている明宜は、「へえ」と相槌をうった。


「何か、用事があるとか言ってましたけど」

「ふうん……」

「――今日、すこし寒いからうどんにしましょうか。珊瑚さん、ほかに何か食べたいものがあれば、それにしますけど」


本当に興味がなさそうに頷いているから、無理やり違う話題にすると、嬉しそうな顔をして永劫を見下ろした。

彼は本当に分かりやすい。


「うん。うどんにしよう」

「分かりました。ちょっと時間かかりますけど、待っててください」

「うん」


毎日、こういう日が続けばいい。

一日一日を噛みしめて生きていければ、それがほんとうの幸福なのかもしれない。


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