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いちゞくの花  作者: イヲ
第一花
4/68

-4-

それにしても三日間も寝ていたのは信じられない。

まるでタイムスリップでもしたかのようだ。言い換えると、365日のうち、三日間を無駄にしたということだ。


「はい。大神です」


電話を借りて家に電話をすると、祖父はすぐに出た。

いつもながら、年だというのにはきはきしている。


「俺。永劫。あのさ、ちょっと大変なことになってて……」

「ああ、そういえば三日前、電話があったなぁ。珊瑚さんだろう?」

「珊瑚さんって……じいちゃん、知ってるの?」

「知っているよ。有名(・・)だからねぇ。で、一か月間、そっちで過ごすんだろう?じいちゃんは大丈夫だから、夏休みの間、お世話になんなさい」


有名、という言葉がひっかかったが、祖父は何もなかったかのように喋っている。

それになぜ、家の電話番号を知っていたんだ。

携帯電話を見たのかもしれないが、やはりひっかかる。


「でも、じいちゃん本当に一人で平気? 大丈夫?」

「大丈夫だよ。明日から、老人会でお伊勢参りしてくるから。二泊三日で」

「そ、そうなんだ……。分かった。あとで必要なもの、取りに帰るけど」

「はいはい。お茶でも入れて待っているから。珊瑚さんも来るんだろう?」

「ああ、うん。そうみたいだけど。一人じゃ危険だって……」


よく分からないが、そういうものらしい。

一人で大丈夫だと言ったが、明宜は「それは感心しないなあ」と妙に間延びした口調で呟いた。

それが妙に説得力があって、一緒に家に帰ることになったのだ。

それにここから家まではかなりの距離がある。歩きだと、一時間以上はかかってしまうだろう。一か月分の荷物を持って一時間以上歩くというのは、かなりの重労働だ。


受話器を置くと、のっそりと明宜が顔を出した。


「終わった?」

「あ、はい」

「なら、行こうか。車、用意してあるから」


初めて、この家の外に出る。

思わず、喉がひきつった。草はぼうぼうで、膝丈まである。

それなりに歴史のある一軒家らしいが、草がこれだけ生えていればまるで「お化け屋敷」だ。


「す、すごい草……」

「ん? ああ、うん。どうせ刈っても刈っても伸びるしねぇ」


ぼんやりとした口調で、当たり前のことを言うかのようにそう呟く男は、本当は面倒くさがりなのではないだろうか。


「帰ってきたら、刈ろう。これじゃ、お化け屋敷だ」

「ええ? そのまんまでいいよ。面倒くさいし」


そういうと、そのまま家の隣の車庫に入って行ってしまう。

やっぱり、面倒くさがり屋なのか。

あたりを見渡すと、縁側のほうまでも草が伸び放題だ。

これは時間がかかりそうだ。

ぼそりと呟くと、門の前に車が停まった。

その車は年季が入っていて、少しばかり錆びてしまっている。


「……」

「どうしたの、乗りなよ」


助手席のドアを引いて乗り込むと、ラジオが流れていた。

外国の曲で、曲名も歌詞も永劫にはさっぱり分からない。聞いたことがあるような気もするが。

明宜はその曲を知っているのか、鼻歌まじりで運転している。


「椿姫の乾杯の歌だよ。知らない?」

「聞いたことはありますけど」

「きみのおじいさんも、知っているんじゃないかな」

「え……」


なぜ、祖父の事を知っているのだろうか。

ああ、そうだ。祖父がレコードで、この椿姫の乾杯の歌を聴いていたのだ。

わすれていた。

自分の黒髪が、風になぶられてバタバタと音がする。

そっと明宜を見上げると、煙草をくわえて上機嫌に運転していた。

それでもその顔は、ただただ笑っているだけ、というよりも、何か思考しながら笑っている、という感じがする。

チャラいが、食えない。

そう考えをあらためた。


15分ほど走って、ようやく見慣れた家に着いた。

空の車庫に車を入れてもらってから玄関に入ると、祖父が出迎えてくれた。


「珊瑚さん。お久しぶりですな」

「ええ、お久しぶりです」


明宜はチャラチャラした態度ではなく、しっかりとした大人のような笑顔で祖父に頭を下げた。

なんだ。この違い。

そう思うも、言えるはずもない。


「どうぞ。お茶を用意して待っていたんですよ」

「ありがとうございます」


奥の間に入ると、祖父は茶を入れ始めた。


「じいちゃん。珊瑚さんのこと、知っていたんだ」

「うん。知っているよ。言っただろう。有名だって」

章介(あきすけ)さん。一か月間、お預かりしますが、よろしいですね?」

「ああ、そうですね。頼みます。いや、まさかあんな(・・・)場所に肝試しに行くとは思いもしなかったですよ。まあ、あなたに運よく見つかって、野良神さんに連れていかれなくてよかったですが」

「ちょ、ちょっとじいちゃん。どういうことだ?野良神……とかいうものの事も知っているのか?」


白髪頭の祖父は、細い目をよけい細くさせて、「うん」とうなずく。

茶が入った茶わんをそれぞれに渡すと、祖父はすこしだけ笑って、「おまえもまだ小さかったから」とだけしか言わなかった。


「永劫。支度をしてきなさい。じいちゃんたちはここで待ってるから」

「う、うん――」


有無を言わせない声色で、永劫は奥の間から二階の自分の部屋へむかった。

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