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いちゞくの花  作者: イヲ
第七花
39/68

-1-

ひとりぼっちになっても、実感がわかないのはなぜだろうか。

問いかけてみても、答えはない。

答えなど、どこにもない。

近くにいすぎて、それが反響するだけだからだ。





祖父が亡くなって一か月がたった。

そして当たり前のように大学も始まった。

それから、劇的な変化がもう一つ、できた。

明宜があの家を出て、祖父の家に引っ越してきたのだ。

そのように、祖父が生前言っていたらしい。聞かされていなかった永劫は、聞かされた時呆然としたが、祖父の言い分も分かる。

心配だったのだろう。永劫の事が。

祖父が生きているうちに野良神が離れることは難しいと悟っていたのかもしれない。


一か月がたって、ようやく落ち着いてきたものの、まだ祖父がいるような感覚が抜けない。

見守ってくれているのかもしれない、と、そう思うこともやめられない。



そうしていつもと変わらず、台所にたつ。

朝、まだ明宜は起きていない。

あの人は、一体何時間寝ている気だろう。昨日も早く寝ていた。

それなのに、もう7時30分だ。起きてもいいはずだが。

もっとも、明宜はこの家で特にすることもなく、暇なだけなのだろうけど、朝食は一緒に食べるようになっていた。

誰が決めたというわけでもないのだが、最初から「そう」だったのだ。


出来上がった朝食を適当に机の上に並べ、明宜が寝ている隣の寝室に入る。

なかの座敷は遮光カーテンのせいで暗い。

カーテンの端を引っ張って、ざっと開いた。


「珊瑚さん。朝です。いつまで寝ているんですか」


布団のふくらみがもぞもぞと動いて、なかからは唸り声のような声が聞こえてくる。

仕方がないので、布団をはぎとってだらしない格好で唸っている男を見下ろした。


「朝です」

「うぅ……あと五分」

「じゃあ、先に朝食食べてますから、ゆっくり寝ててください」


突き放した言葉を明宜に呟くと、あわてたようにあとから着いてくる。

ほんとうは、ゆっくり寝ててもらってもいいのだが。

そう言っても、起こしてくれていいときっぱり言われたのが、共に生活するようになった半月前だった。

彼は目覚めが悪い方なのか、1人で起きてくることはない。


「きみさ」


朝食をとっている最中、明宜がふいに呟くように言った。


「もう少し落ち着いてきたら、どこか行こうか」

「どこかって」

「まだ具体的には決めてないけど。海とか」

「海? 夏が終わったっていうのに」

「べつに、海は夏のものだけじゃないでしょ」


もっともだ。

だから、特別意見はしない。

うん、とも、ううん、とも言わない曖昧な答えを返すと、明宜はすこしだけ笑った。




大学は、すでに秋服を着ている学生が多かった。

真っ赤なカーディガンを着ている女子が通ると、そういえば、とふと思い出すことがある。


薄ぼんやりした記憶。

未だ、時折罵倒される夢を見る。

――死ね、と連呼する女。

あの女は、――いや、あの女性の正体はうすうす感づいてきていた。


母。


母の桜子の姿だ。

ときおり、幻影が現れる。母の幻影。子である永劫をただひたすらに呪い、恨み、さげすむ姿。

その姿は、とてもきれいに思えた。

顔は思い出せないが、それでもくっきりとした声は、脳に刻み込まれている。


「おはよう、永劫」


後ろから駆けてきたのは、林野原という男だった。

林が苗字で、野原が名前という、一風変わった名前をしている男は、永劫にとって一番仲がいいと言えるであろう親友だ。

おはよう、と返すと、黒くて短い髪をわさわさ掻いて、大きく背伸びをする。


「あーあ、眠い眠い。一限目から寝そうだぜ」

「それはまずいと思うけど。一限目はあれだろ」

「ああ、そういえあれだったな」


あれ、とは、坂野というとんでもなく厳しい教授の講義だ。居眠りなんかすれば、「不可」をもらうこと間違いない。

それを知っている学生は、その坂野の講義ではひどく緊張しているものだ。

無論、そこに永劫も野原も入っている。


「そういえばさ、おまえ、暑気払いの飲み会のとき、倒れたんだって? 大丈夫なのか?」

「ああ、うん。ただの貧血」

「おまえ、貧血だったっけ。まあ、無事だったからいいけどさ。それよりさー」


野原が何かを楽しげに話している。

それでも永劫はどこか、ぼんやりと前を見ていた。聴いているのかいないのか、野原にとってはどうでもいいことなのだろう。

別段、どうでもいい友情と割り切っているわけではなく、ただ話せればいいのだ。

それで納得するのなら、それでいい。

永劫は物凄い勢いで話している野原の言葉を流しながら、空を見上げた。


秋の空は、どこか遠い。

――遠くて、どこか寂しい。

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