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いちゞくの花  作者: イヲ
第六花
38/68

-8-

花が咲いた。

とても――きれいな花が。


「……」


喪服を着たまま、家の庭に立つ。

花が。

花が、咲いて、それから――。


「永劫くん」


葬式が終わり、そして祖父の煙を見送ってから家に戻った。

親戚はみな、家の中にいる。5人ほどの親戚の話し声が僅かに聞こえてきた。


祖父は、いい人だったのだと知っている。

精進落としの料理の前に、親戚の誰かがした挨拶でも、その人柄を褒めていた。

誰だったか分からないが、祖父に似て優しそうな顔をしていた気がする。


「何を見てるの」

「……花が、咲いたって、思って」


八月後半に入っても、まだ暑い。

それなのに、花は咲いた。

たぶん、これはクレマチスだった気がする。うす紫色の、きれいな花。


「そうだね。咲いてる」


頷いた明宜は、静かに空を見上げた。つられて彼を見上げ、そして息をのむ。

すこしだけ、頬が濡れていた。

見てはいけないもののような気がして、そっと顔を伏せる。


泣いているところを、初めて見た。

わずかに胸が痛んで、すこしだけ、ほんのすこしだけくちびるを噛みしめる。

――この人は、たぶん。


「ごめんね」

「謝らないでください」


かすかな声にさえも敏感になった。なにも、悪いことはない。

誰かを好きになることが罪になることも、ない。罰を受けることも、けっしてないだろう。

だから、自分は責めないし、責めるつもりももとからない。


「あんたも悲しんでくれるなら、じいちゃんはそれくらいすごい人なんだって分かりますから」


当たり障りのない言葉を吐き出す。

それでも、本当のことだ。祖父と明宜の関係は未だに分からない――覚えていないと言った方が正しいのかもしれないが、たぶん、これからも教えてはくれないだろう。

思い出さない、かぎり。


「章介さんは、ほんとうに素晴らしい人だよ」

「うん」


彼はそう呟き、そして、ちいさく咲いたクレマチスに視線を落とした。


――だった、とは言わなかった。

それはきっと、終わっていないということなのだろう。


「……俺もそう思います」

「ほんとうにね、章介さんは優しくて、強い人だよ」


明宜はどこか懐かしそうに、あるいは憧憬の色を滲ませて囁く。


一体、どこからが思い出なのだろう。どこまでが、記憶なのだろう。

不意に思う。

祖父と過ごした時間は、決して短くはないと思うも、いつから一緒に住んでいるのか思い出せない。

ずっと一緒にいたような気もするし、違うような気もする。

それがとてもつらい。

祖父は、怒っていないだろうか。

記憶も思い出も、全部自分の所為で、自分のためになくしたのだから。


「永劫くん」


いくばくかの間そうしていて、声をかけられる。

そっと手を繋がれ、思わず息をのんだ。その冷たい体温も、慣れはしないし、どこか懐かしく感じる。

祖父の手も、確か冷たかった。

高校に入ってから、頭を撫でなくなったその手。それでも、その手の温度は憶えている。

決して忘れないし、忘れたくはない。


「きみが思い出すことを、章介さんは何も言ってはいなかった。それは、どういう意味か分かるかい?」

「……辛かったんだと、思います。そのとき」

「そうだね。だから、章介さんは積極的に思い出してほしいとは思っていないはずだ。でも、きみが思い出したいと言った時、彼は思ったはずだよ。それほどまでにきみは強くなれたんだ、って」

「そう、でしょうか」

「うん。そうだよ。きっとね」


祖父はもういない。

だから、本当のことは分からない。それでも、明宜の言う通りのような気さえして、うつむく。


「さ、そろそろ家に入ろう。雨が降りそうだから」

「――はい」




その日、雨が降った。


雨が降っても、クレマチスはまだ咲いていた。

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