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花が咲いた。
とても――きれいな花が。
「……」
喪服を着たまま、家の庭に立つ。
花が。
花が、咲いて、それから――。
「永劫くん」
葬式が終わり、そして祖父の煙を見送ってから家に戻った。
親戚はみな、家の中にいる。5人ほどの親戚の話し声が僅かに聞こえてきた。
祖父は、いい人だったのだと知っている。
精進落としの料理の前に、親戚の誰かがした挨拶でも、その人柄を褒めていた。
誰だったか分からないが、祖父に似て優しそうな顔をしていた気がする。
「何を見てるの」
「……花が、咲いたって、思って」
八月後半に入っても、まだ暑い。
それなのに、花は咲いた。
たぶん、これはクレマチスだった気がする。うす紫色の、きれいな花。
「そうだね。咲いてる」
頷いた明宜は、静かに空を見上げた。つられて彼を見上げ、そして息をのむ。
すこしだけ、頬が濡れていた。
見てはいけないもののような気がして、そっと顔を伏せる。
泣いているところを、初めて見た。
わずかに胸が痛んで、すこしだけ、ほんのすこしだけくちびるを噛みしめる。
――この人は、たぶん。
「ごめんね」
「謝らないでください」
かすかな声にさえも敏感になった。なにも、悪いことはない。
誰かを好きになることが罪になることも、ない。罰を受けることも、けっしてないだろう。
だから、自分は責めないし、責めるつもりももとからない。
「あんたも悲しんでくれるなら、じいちゃんはそれくらいすごい人なんだって分かりますから」
当たり障りのない言葉を吐き出す。
それでも、本当のことだ。祖父と明宜の関係は未だに分からない――覚えていないと言った方が正しいのかもしれないが、たぶん、これからも教えてはくれないだろう。
思い出さない、かぎり。
「章介さんは、ほんとうに素晴らしい人だよ」
「うん」
彼はそう呟き、そして、ちいさく咲いたクレマチスに視線を落とした。
――だった、とは言わなかった。
それはきっと、終わっていないということなのだろう。
「……俺もそう思います」
「ほんとうにね、章介さんは優しくて、強い人だよ」
明宜はどこか懐かしそうに、あるいは憧憬の色を滲ませて囁く。
一体、どこからが思い出なのだろう。どこまでが、記憶なのだろう。
不意に思う。
祖父と過ごした時間は、決して短くはないと思うも、いつから一緒に住んでいるのか思い出せない。
ずっと一緒にいたような気もするし、違うような気もする。
それがとてもつらい。
祖父は、怒っていないだろうか。
記憶も思い出も、全部自分の所為で、自分のためになくしたのだから。
「永劫くん」
いくばくかの間そうしていて、声をかけられる。
そっと手を繋がれ、思わず息をのんだ。その冷たい体温も、慣れはしないし、どこか懐かしく感じる。
祖父の手も、確か冷たかった。
高校に入ってから、頭を撫でなくなったその手。それでも、その手の温度は憶えている。
決して忘れないし、忘れたくはない。
「きみが思い出すことを、章介さんは何も言ってはいなかった。それは、どういう意味か分かるかい?」
「……辛かったんだと、思います。そのとき」
「そうだね。だから、章介さんは積極的に思い出してほしいとは思っていないはずだ。でも、きみが思い出したいと言った時、彼は思ったはずだよ。それほどまでにきみは強くなれたんだ、って」
「そう、でしょうか」
「うん。そうだよ。きっとね」
祖父はもういない。
だから、本当のことは分からない。それでも、明宜の言う通りのような気さえして、うつむく。
「さ、そろそろ家に入ろう。雨が降りそうだから」
「――はい」
その日、雨が降った。
雨が降っても、クレマチスはまだ咲いていた。




