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いちゞくの花  作者: イヲ
第六花
31/68

-1-

ひどい夢を見た。

ひたすら罵倒され、死ねと言われる。


「……」


そっと息を吐き出して、汗をぬぐう。

声がひどく頭に響いて離れない。

「死ね」「死ね」「死ね」

そのたった二文字が脳を蝕む。


「永劫くん」


すぐ近くで声がして、おもわず目を見開いた。

目の前、ほんとうに目の前に明宜の顔があったのだ。


「うわっ」

「うわっ、とはご挨拶だねえ」

「な、なんであんたがここに」


なんで同じ布団の中にいるんだ。

目の前の明宜は、にやにやと笑いながら、ようやく起き上る。

倣って起き上った。ひどい汗でシャツが濡れて、きもちが悪い。


「きみ、すごいうなされてたからさ。添い寝したんだよね」

「え」

「どんな夢を見た?」


――死ね。

死ね。おまえのせいで私たちは。


「……死ね、って。おまえのせいで私たちは死んだんだ」

「……なるほどね」


彼は頷き、ひどく険しい顔をした。なるほど、ということは、夢について何か知っているのだろうか。


「なにか、知ってるんですか」

「――きみの過去にかかわるだよ。俺からは、それしか言えない」

「俺が、そう言われたことがあるってことですね」


だとしたら、昔の自分はひどく傷ついただろう。

あの声が誰かはわからないが。

それでも、なぜだろうか。

野良神が喰った記憶が、徐々に漏れ出している。

たしかに野良神が去った後、記憶は戻ってくるらしいが。


「……ちょっと、シャワー浴びてきます」

「1人で大丈夫かい?」

「大丈夫です」


なんだか気持ちが悪い。

着替えをもって寝室から出ると、廊下が妙にゆがんで見えた。それは自分の頭のなかが混乱しているからなのだろうけど、歩くのに億劫だ。

壁づたいに歩いて、ようやく風呂場につく。



今更傷つくことが怖くて、後戻りはできない。

シャワーの湯を頭から受けて思惟をする。

憎まれるのならば理由があるはずだ。

それを無視することは簡単だが、そんなことはしたくない。

どうして、なぜ、そんなにも憎むのか、憎まれるのか知らなくてはいけないからだ。



廊下に出ても、もう先刻の妙な歪みはなかった。

頭が冷えたからだろうか。ジップロックに入ったお守りを取り出して、無理やりポケットに入れる。


「朝食、作らないと」


そのまま台所に行くと、何故か明宜が立っていた。

明宜は今まで台所に立ったことがないし、どうかしたのだろうか。


「珊瑚さん、どうしたんですか」

「ああ、うん。きみ、具合が悪そうだったし、朝食くらい作ろうとおもってね……。卵焼きをちょっと」

「別に、平気なのに。……ちょっと、火、強すぎやしませんか。焦げてますよ」

「あ」


あわてて火を止めるも、もう遅かった。卵は黒焦げになってしまって、食べることにすこし抵抗がある。

永劫もここに来たばかりのころに考え事をしていて、黒焦げにしたことがあるが、まだ食べれる程度だった。


「もうこれ、だめだね。もう一回作ろうか」

「……食べようと思えば食べれますけどね。これ」

「だめだよ。腹でも壊したら困る」


フライパンのうえに乗っていた黒い物体を遠慮なくごみ箱に捨てると、次の卵を割ろうとしている。


「俺が作りますよ。あんたは座敷に行っててください」

「でも、きみ、まだ具合が悪そうだよ」

「大丈夫ですって。台所に立つくらい、平気です」


まだすこしだけ気分が悪いが料理を作るくらい、どうということもない。

卵を奪い返そうとする手を、明宜が掴んだ。


「駄目。言ったでしょ。すこしくらい、甘えてもいいって」

「……俺は」

「大丈夫大丈夫。ちゃんと食べられるようなものを作るからさ。……ちょっと時間かかるかもしれないけど」


すこしだけ笑って見せる明宜に、それ以上言えることはない。

有無を言わさない様子で、台所から追いやられてしまった。

仕方がないから、座敷でテレビを見ることにする。


「……はあ」


朝食を作らない日なんて、ほんとうに久しぶりだ。

テレビをつけて、ぼんやりとニュースを眺める。


甘える。

甘えるということ自体は理解できるが、ずいぶんと甘えさせてもらっているような気がする。

これ以上甘えさせてもらうわけにもいかない。



「永劫くん、おまたせ」


台所から出て行ってから15分ほどたっただろうか。


「あんまり美味しくないかもしれないけどさ。愛ならいっぱい入ってるから」

「気持ち悪いこと言わないでください」

「あ、ひどいなー」


机のうえに茶わんと卵焼きが置かれる。やはりすこし焦げているが、それでも充分食べれるだろう。味は分からないが。


「でも、すみません。ありがとうございます。いただいてもいいですか」

「うん。どうぞ」


ご飯と卵焼きのみだが、それでも充分だ。

卵焼きはすこししょっぱいが、それでも充分美味しい。


「おいしいです。すごく」

「そっか。よかった」

「人が作ったご飯食べるの、ほんとうに久しぶりなんです」

「うん。ごめんね。きみにばかり頼って。本当は外食でもいいんだけどさ」

「駄目です。栄養が偏るでしょう。それに、お金もかかるし」


きみはいい主夫になるねえと言っているが、主夫になる気はない。

料理も掃除もそんなに嫌いではないが、それだけだ。


「ねえ、永劫くん。大丈夫?」



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