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いちゞくの花  作者: イヲ
第一花
3/68

-3-

あたり一面に貼られている。


「な……なんだ、これ……」


和紙のような長細い紙に、朱印で何かが書かれている。

幾何学模様のようなそれは、文字とは程遠いような気がした。


「おっと、もう起きれるのかい」


いつのまにか部屋に入ってきた明宜は、驚いたように目を見張っている。

手には、何故か古めかしい本。


「あ、えーっと……」

「ははは。まあ、混乱するのも無理はないか。まあ、とりあえずそこに座ってくれ」

「はぁ……」


そこ、とは布団の上だ。

他に座るところもないので、素直に布団の上に座った。

男――明宜は、どっこいしょと盛大にこぼしながら畳のうえに直に座る。


「さて……。何から話せばいいかな」


シャツをだらしなく崩した格好の明宜は、顎を撫でながら考えあぐねているようだ。

自分でも何が何だか分からない。

あれ(・・)は一体なんなのか。

どういういきさつで、ここにいるのか。


「まあ、はっきり言おう。きみは今から三日前、神社で襲われた」

「え……み、三日前?今日って何日です?それに、襲われたって……」

「今日は八月五日。きみが襲われたのは二日だね。それで本題。きみを襲ったのは――」


明宜は、すう、と息を吸って、それから声にした。

たった二文字の言葉に、畏怖の念をこめて「――神だよ」と。


「か、神……?」

「そう。神様」


ズボンのポケットから煙草を出すと、ライターに火をつけて吸い始めた。

しかし、煙はあがっているものの、煙たいにおいはしない。

いいにおいだ。

香水のようなにおいではない。例えて言うのならば、香のようなにおいだ。


「きみは神様に襲われたのさ。危なかったよ。まさかあんな場所に人間がいるとは思わなかった。何をしていたんだい、あんな危険な場所で」

「えーっと……肝試し」


明宜は、呆れたような顔をして「やっぱり」と大きなため息をはきだした。

反対したんだ。一応。

そう言いたくとも、今更どんな言い訳をしても意味をなさないだろう。


「……結論から言おうか。きみは命を狙われている。神様にね」

「……は?」

「はっきりいって、いつ死んでもおかしくないよ」

「え、ちょ、ちょっと……。それはどういう……」


明宜が吐いた煙草の煙が顔に思い切りかかる。

不愉快なにおいではないが、周囲がもやに包まれてしまったため、思わず目をつむった。


「きみたちが肝試しした場所。あそこは廃った神社だ。ずいぶん長いあいだ、手入れもされていなかった。だから、あそこの神は野良化してしまったんだよ」

「野良化?」


煙草を指でつまんで再び吸い、ふたたび吐く。


「そうだ。野良化してしまった神――野良神(のらがみ)は、再び祀られようとする。そのためには、人間が必要なんだよ」

「人間の命が、必要、ということなんですか?」


喉がひりひりとする。

神が、人間の命を奪う。

それがすぐに納得できて、すこしだけ戸惑った。

なぜなら、神は祟るからだ。


「どうだろうね。野良神が思うことは知らないさ。神様たちは人間とまったく違うんだから。とにかく、魅入られた(・・・・・)人間は、生きてはいられないんだよ。きみは、その野良神に魅入られた。まあ、運よく俺に見つかったからいいものの」

「た、助けてくれるんですか?」

「うん。いいよ」


明宜はあっさりと、それこそ当たり前だと言わんばかりにうなずく。

助けてくれないと思っていたわけではないが(とても豪語できることではないが)すこしだけ拍子抜けした。


「それが仕事だし、恩も返さなきゃいけないし」


ぼそりと呟いた言葉は、永劫には聞こえなかった。

ただただ、目の前の男はにやにやと笑っている。


「とりあえず、これを持ってな」


渡されたのは、お守りだった。

赤い袋に入ったそのお守りは、何かが刺繍されているが、何と書いてあるのか分からない。

まるで幾何学模様だ。


「一日中、監視するってわけにもいかないしな。きみも用事もあるだろ?そうだな……。まずこの一か月、この家で生活してもらおうか。その間になんとかするさ」

「え、あの、何とかしてくれるのはうれしいけど、なんでここで……」

「そのお守りは半日しか持たない。もう半日はどうする? その隙に殺されかねないぜ」


明宜は肩をもむようなしぐさをすると、さらりと物騒なことを呟いた。

このお守りに、そんな力があるのだろうか。


「この俺が丹精込めて作った札だぜ? 舐めてもらっちゃ困る」


やけに自信たっぷりに笑う。

なら、本当に大丈夫なのだろう。情けないが、頼らせてもらおう。

未知の存在に、どうすることもできない自分が恨めしい。

どうしてこうなってしまったのか。

すべての元凶は先輩だ。

先輩がすべていけないのだ。

そう責任をなすりつけても、逃げなかった自分もいけない。


「そういえば今は大学は夏休みか……。さて、どうするかね」


顎をさすりながら、ううん、と唸っている。

ここで生活するということは、まあ、いろいろ――本当にいろいろと世話にならなければいけない。

バイトもしていないし、金目のものも何もない。


「あのー……。よかったら、掃除とか、食事の支度とかしかできないですけど……」

「本当かい?」


――最後まで言っていないのだが。


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