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いちゞくの花  作者: イヲ
第五花
29/68

-8-

車のなか、流れていく景色をぼんやりと見つめて、すこしだけため息を吐き出した。


「なに? ため息なんてついちゃって」

「あ、いえ。別に」

「不安?」


自分がなぜため息を吐き出したのか分からないまま、それでも頷いて見せる。

不安じゃないかと問われれば、否と答えるしかなかった。

家に帰った時、なぜ10分間丸ごと記憶がなかったのか。

明宜は無意識的にも思い出そうとしているのではないかと言っていたが、なぜ謝っていたのかは分からないままだ。


「そうだね。うん、素直でよろしい」

「何ですかそれ……」


それに、禮が言っていた。

――あいつの胸中は誰にもわからない、と。

永劫を好きだと言う思いも、嘘なのかもしれないと疑えば疑うほど泥沼にはまってゆく。

まだ、いい。

まだ。

嘘をつかれていても、傷はまだ浅くてすむだろう。


「あの、珊瑚さん」

「ん?」

「禮さんから聞いたんですけど、あんたが大学生の頃、女の子たちを侍らしてたって本当ですか?」


不安を紛らわすように問うと、明宜は僅かな沈黙の後、乾いた声で笑い出した。


「はは。うん、むかーしのことだよ。今はもうきみ一筋だから大丈夫」

「……へえ」

「うれしくない?」


この人の言葉はいちいちうさん臭い。

正面切って言うことではないが。一応「うれしいですよ」と棒読みで返しておいた。


「あ、信じてないでしょ」

「そんなことないですよ」

「俺は一途なんだからさ。まあ、大人になってからだけど」

「節操ないってことですか。子供のころは」

「うん」


うそぶくでもなく、素直に頷く明宜は、たぶん本当に節操がなかったのだろう。

大学生のころは。

それでも、分かる気がする。

両親を殺すくらいに憎んでいたのなら、相当ひどい家だったのだろうから。


「――そういえば、どこに行くんですか? 家から反対の方向ですけど」

「うん。ちょっと、行きたいところがあってね。きみも気に入るといいんだけど」

「……?」


空は薄暗くなっている。

走り続けて一時間くらいはたっているだろうか。

どんどんと山の奥に入ってゆく。永劫も知らない道を走り、さらに30分がたったころには、周りはライトなしでは危ないくらいに暗くなっていた。


「ここは?」


車が停まると、明宜は先に車から出てしまう。

永劫もあわてて出ると、真っ暗な空間がぽっかりと口を開けていた。


「……」


怖い。

ぞくり、と背筋が凍るような思いになる。車の前に立ちすくんだままの永劫の手をいきなり掴まれ、思わず肩が竦む。


「大丈夫。こっちだよ」


そのまま手を引かれて、おぼつかない足取りであとをついてゆく。

辺りは本当に暗くて、すぐ目の前さえも見えない。


「はい、ストップ。この先は崖だからね」


思わず足が止まる。

よくよく見ると、目の前に木でできた柵があった。


「!」


そうして、目の前に広がった光景に息をのむ。

町の灯りが、きらきらと輝いていた。そうして、空も見上げてみると、星も瞬いている。


「綺麗でしょ」


まるで、すべてが自分のものだというかのように呟く。

それでも、その声色にはどこか懐かしさを滲ますような色もあった。


「そう、ですね」

「昔、荒れてた頃、ここに来ていたんだよ。この町と空を見上げて、ちっちゃいな、って思っていたんだよね」

「……」

「自分の家の事も、自分自身も、全部ちっちゃいと思っててさ。俺なんていてもいなくても世界は回るって思ってたら、どうでもよくなって」


手の甲と甲が触れ、そのまま明宜に手を握られた。

ひんやりとした手は、悲しいほどに辛そうに感じる。


「でも、きみがそれを否定してくれた。そんなことはないって、――あんたがいなくなったら、俺が悲しむってさ。一人でも、そう思ってくれる人がいるのなら、俺はまだ生きていてもいいって、そう思えた」

「昔の俺がそう言っていたとしても、俺は憶えてない。けど、何回でもあんたには言えると思う。あんたがいなくなったら悲しいし、辛いって」

「……うん。ありがとう」


せめてもの、言葉だった。

本当に、心からの言葉だったのだ。

だから、礼なんて言ってほしくなかった。そう呟くと、手の力がわずかに強められる。


「禮になにを言われたか大体予想はつくけどね。俺は、きみが好きだったよ。きみが疑っているのは分かってるつもりだけどさ。この思いは、ほんとうだ。きみが心からの言葉を言ってくれたようにね」

「……疑ってること、分かってるんですね」

「そりゃ、分かるよ。俺はこう見ても人の思いには敏感だから」


おどけて言って見せているものの、悪いことをしてしまっていたのかもしれない。

それでも好きだと告げて、迷ったそぶりもほとんどなく「きみが好きだ」と言ったことは、にわかに信じられなかったのだ。

疑われることはとてもつらかっただろう。

だから、謝らなければならない。


「その、……ごめんなさい。疑っていて」

「いいさ。疑うことは悪いことじゃないからね」

「――あんたは、本当に、……大人なんだな」


空を見上げる。

星が、ほんとうにきれいに見えるのはなぜだろう。

この人と、一緒にいるからだろうか。

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