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いちゞくの花  作者: イヲ
第五花
27/68

-6-

「なんか、久しぶりに感じます」


大神の家は、仏壇がない。

何故かはわからないが、たぶん違う場所にあるのだろう、と自己解釈をする。


祖父の着替えをバッグに詰めて、ぼんやりと天井を見上げた。


「まあ、実際そうなんじゃないかな。久しぶりに感じるほど、密度の濃い日だったし」

「あ、自分で持ちますよ」


着替えを詰め込んだバッグを取り上げられるも、それくらい自分で持てる。

不満を言うと、「いいからいいから」と妙に楽しそうに笑った。

祖父の見舞いに行くだけなのに、なぜこんなに楽しそうなのだろうか。


車に乗り込み、いつものように野良神避けの煙草を吸いながら運転する明宜の横顔は、妙に大人びて見える。

実際、大人――いや、おっさんと言ってもいい年なのだろうが、(老けこんでいるというわけでもなく)なんとなく、話しかけづらい。


「……あの、珊瑚さん」

「ん?」

「なんか……、いろいろ、ありがとうございます」


できるだけ視線を外して呟く。

すると、すぐにちいさな笑い声が聞こえてきた。


「いいよ。礼なんて言わなくたって。きみのセリフだろう? 礼なんか言うな、って」

「それとこれとは別です。その、……なんで俺なんかのこと好きになったのかいまいちまだ分からないけど、……うれしかった、っていうか。俺、人を好きになったのってあんたで二回目なんですよ」

「へぇ」


すこしだけ不愉快そうな声を聞いて、今の年で初恋もまだとは言えないだろう、と胸中でつぶやく。

それでも、あれは初恋というよりも憧れだったのかもしれない。

今でも不思議な記憶として残っている。


「あんただって、いろいろあったんでしょう。俺以上に」

「あ、聞いちゃう?」

「やっぱりいいです」


なんとなく、むかついた。

きっぱりと言ってやると、彼はすこしだけ笑って、「おいおいね」と今日二回目の言葉を吐き出した。


「そういえばさ、きみっていつ二十歳になるの?」

「え? ああ、えーっと……5月です」

「5月か。そんときはさ、初めてのお酒、一緒に飲もうよ。……あ、それとももう経験しちゃったほう?」

「してませんよ! お酒は二十歳になってからって言うでしょう」


えらいなぁ、と明宜は機嫌がよさそうに笑う。

この人は、どうしてこう、人をおちょくるのが好きなのだろう。


「で、返事は?」

「……いいですよ。別に」

「うん。約束」


嬉しそうに笑う明宜を見ていると、心が軽くなる。もっとも、最初から重いのかと言えばそうでもないと答えるしかないが。

たぶん、こういう事を「調子に乗る」ということなのだろう。


――しあわせに、慣れてはいけない。


そう、誰かが言っていた。



市民病院に着くと、すぐに祖父の病室に向かった。


「じいちゃん、お見舞いに来たよ」


一番奥の部屋、一番奥のベッドに祖父はいた。

ベッドの背もたれを立てて、窓の外を見下ろしている。

こちらに気づくと、おだやかに笑ってくれた。


「ああ、心配をかけたね。永劫。それに、珊瑚さんもありがとうございます。車を出していただいて」

「いえ。お気になさらないでください。それよりも、体調の方はどうなんですか?」

「ええ。すぐにでも退院したいくらいですよ」


そっと息を吐き出す。

よかった。思ったよりも元気そうだ。


「じいちゃん。これ、着替え。でも、よかったよ。お医者さんも、お年の割に体が丈夫そうだって言っていたし」

「ああ、ありがとうね。それはそうだよ。じいちゃんは丈夫なだけがとりえだからね


冗談を言えるほど、体調がいいらしい。本当に、よかった。

明宜も安堵しているようで、章介と談笑している。

その間に、着替えをチェストのなかに仕舞う。


「……」


息をのむ。

思わず、手が竦んだ。


――ぞっとするような感覚。


急にそれ(・・)がやってきて、きつく目をつむった。

足がもつれて、ぐらりと揺れる――が、それを支えたのは、明宜だった。


「永劫くん!」

「あ、……ちょっと、眩暈、が」

「永劫? 夏バテかい? 今日はもう帰りなさい。珊瑚さん、お願いしてもいいですかな」


呼吸がうまくできない。

なんだろう。

なんだか急に、苦しくなってきた。ほんとうに、夏バテだろうか。

最近、暑かったから。


「ええ、もちろん。また、何かあれば電話してください。また、明日来ますから」

「申し訳ない。永劫、おまえも体を大事にしなければいけないよ。じいちゃんなら大丈夫だから」

「――うん。ごめん。じいちゃん」


まだ来て10分くらいしかたっていない。

何だろう。

なんだか、くらくらする。

夏バテ、というよりは、ただの貧血のような気もするが。

祖父に挨拶をしている明宜の横顔を盗み見ると、すこしだけ表情がこわばっていた。


「じゃあ、じいちゃん。ごめん、俺たち帰るね」

「ああ。気にしないでいい。夏バテには気をつけるんだよ」

「うん」


そっと扉を閉め、そっと安堵の息を吐き出す。

よかった。本当に。

今日は胃カメラを飲むらしいが、ひとりで大丈夫だとも言っていたようだ。


「……永劫くん」

「はい?」

「お守り、見せてもらっていいかな」


ポケットに入れておいたお守りを手渡すと、明宜はひどく険しい表情になった。

どうしたのだろうか。

手のなかのお守りを見下ろすと、赤い布が――すこしだけ、黒ずんでいる。


「……家に行ったのがまずかったかもしれない……」

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