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いちゞくの花  作者: イヲ
第五花
26/68

-5-

次の日、鈴鹿はにやにやとしながら去って行った。

どうやら、覗かれていたらしい。暗い車のなか、そしてあんなに外も暗かったのに、どうして分かったんだ。

オカマってすごい。


(いや、そういう問題じゃないだろうけど。)


結局二泊しかしていかなかったが、一応布団は干しておく。

シーツも枕カバーもはぎとって、洗濯をする。


「……」


洗濯機が回っているところをじっと見下ろす。頭が働かないのは、暑さだけじゃないだろう。


「はあ……」


なぜかため息が出る。

昨日の夜。

なんで、あんないきなり明宜はあんなことを言うのだろうか。

――うれしい。

心は素直だ。それでも、まだ不安がある。

不安が残って、心さえも引きずられた。ずるずるとしていて、とても重たい。


「あー……。なんで、こんなにもやもやするんだろう」

「永劫くーん」


座敷から自分を呼ぶ声が聞こえ、反射的に体が硬直する。すぐに返事をするが、足が重たい。

ずるずると足を引きずって歩くと、明宜が座敷で大の字になっていた。


「なにしてるんですか……。そんなゴロゴロしていると、牛になりますよ。昼飯食べたばかりなのに」

「ひどいなぁ。牛になんかならないよ。ほら、こっちこっち」


とんとんと、まるでここに寝転がれとでも言うかのように畳を叩いている。

思わず顔が引きつった。

そんな永劫の姿が面白いのか、人の悪そうな笑みを浮かべて、よっこいしょと起き上がる。


「おいで」


まるで、孫に言うかのように甘い声を出す。


「……」


それにほだされてしまう自分も自分だが、息をつめて明宜の隣まで歩いた。

立ったままの永劫の腕を軽く引いて、座るように促す。

しぶしぶ、と言った雰囲気をできるだけ出して、促されるまま座った。


「ねえ、永劫くん。俺はね、ほんとうにきみが好きだったんだよ。これからも、それは変わることはない」

「……どうして、そんな」

「どうして、か。12年前くらいかな。きみに初めて会ったのは。まだきみが7歳のころだ」

「……」

「俺が25歳のころ、親戚の神社で禰宜をしていたんだ。そのとき、俺は荒れててね。それをきみがまっとうな道に引き戻してくれた。詳しいことは、またいずれ、ね」


まったく覚えていない。

記憶を喰われたからだろうが、12年前の自分は、明宜に何を言ったのだろうか。

自分が忘れていることを知っているのに、この人はなぜ好きになってくれたのだろう。

分からない事ばかりだ。

うつむいていると、冷たい、ひんやりとした手が頬に触れた。


「……?」

「いいんだよ。ゆっくり思い出していってくれれば。――うん。でも、思い出さなくてもいい。今のきみも昔のきみも、変わらない」

「そう、なんですか?」

「うん。びっくりるほど変わってないよ」


やさしい色。

ほんとうに、やさしい色をしている。

つめたい手も、薄い色の目も、好きなのだ。

好きになって、しまったのだ。

後悔さえ、しないほどに。

胸の痛みさえ、甘いと感じられるほどに。


「……あんたは、ほんとうに……」


そうっと、肩に額を押し付ける。

シャツの上からでは分からないが、肩の体温もきっと、そんなに暖かくはないのだろう。


どれくらい、そうしていただろう。


顔を上げ、間近で明宜の顔を見据えた。


「――信じてくれた?」

「……うん」


そんなことを言われてしまえば、頷かざるを得ないじゃないか。

くちびるを噛みしめ、目を伏せる。

信じることが怖かった。

だけどそれは、明宜を疑うという事だ。傷つける、ということだ。

それは、絶対に嫌だった。

――それだけじゃない。

それだけじゃ、駄目だ。


うなじに手を当てられ、そっと引き寄せられる。

もう、抵抗などする気などなかった。

――されるがまま、くちづけられる。


そのまま、畳のうえに引き倒された。

あの時の力とは全く違う。腕と肩を掴まれ、無表情で見下ろされたあのときの力と。

やさしい。

ほんとうに、この人は。


「……っ」


びくりとおかしいくらいに肩がすくむ。

くびすじにくちづけられて、耳元でぬれた音が聞こえた。


「ん……っく」

「……永劫くん」


ほんのすこしの――、欲情を隠しきれていない声色に、背筋がわななく。

爪が畳をひっかき、ぎしり、と音がした。


「ねえ、永劫くん。経験って、ある?」

「は!?」

「女の子と」

「な、なんで……」

「なんで、って。一回や二回、あるんでしょ?」


はっきり言って、ない。

ないが、なんとなく言いづらい。

押し黙っていると、額にくちづけられた。目の前に、苦笑いをする明宜の顔がある。


「まあ、いいけどさ。じゃ、男とは?」

「あ、あ、あるわけないだろ! 馬鹿か!」

「馬鹿ってね。……なに、きみは気にならないわけ? 俺の体験」

「……そ、それは」


にやり、と笑い、明宜はくちびるを耳もとに寄せた。思わず肩が竦み、畳を爪でひっかく。


「ま、それはおいおい、ね」

「おいおいってなんだよ……」


明宜はきっと、経験があるのだろう。

余裕そうな表情が、すこしだけ憎らしい。

睨み付けても、飄々と笑っている。たぶん、これが大人の余裕ってやつなのだろう。


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