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次の日、鈴鹿はにやにやとしながら去って行った。
どうやら、覗かれていたらしい。暗い車のなか、そしてあんなに外も暗かったのに、どうして分かったんだ。
オカマってすごい。
(いや、そういう問題じゃないだろうけど。)
結局二泊しかしていかなかったが、一応布団は干しておく。
シーツも枕カバーもはぎとって、洗濯をする。
「……」
洗濯機が回っているところをじっと見下ろす。頭が働かないのは、暑さだけじゃないだろう。
「はあ……」
なぜかため息が出る。
昨日の夜。
なんで、あんないきなり明宜はあんなことを言うのだろうか。
――うれしい。
心は素直だ。それでも、まだ不安がある。
不安が残って、心さえも引きずられた。ずるずるとしていて、とても重たい。
「あー……。なんで、こんなにもやもやするんだろう」
「永劫くーん」
座敷から自分を呼ぶ声が聞こえ、反射的に体が硬直する。すぐに返事をするが、足が重たい。
ずるずると足を引きずって歩くと、明宜が座敷で大の字になっていた。
「なにしてるんですか……。そんなゴロゴロしていると、牛になりますよ。昼飯食べたばかりなのに」
「ひどいなぁ。牛になんかならないよ。ほら、こっちこっち」
とんとんと、まるでここに寝転がれとでも言うかのように畳を叩いている。
思わず顔が引きつった。
そんな永劫の姿が面白いのか、人の悪そうな笑みを浮かべて、よっこいしょと起き上がる。
「おいで」
まるで、孫に言うかのように甘い声を出す。
「……」
それにほだされてしまう自分も自分だが、息をつめて明宜の隣まで歩いた。
立ったままの永劫の腕を軽く引いて、座るように促す。
しぶしぶ、と言った雰囲気をできるだけ出して、促されるまま座った。
「ねえ、永劫くん。俺はね、ほんとうにきみが好きだったんだよ。これからも、それは変わることはない」
「……どうして、そんな」
「どうして、か。12年前くらいかな。きみに初めて会ったのは。まだきみが7歳のころだ」
「……」
「俺が25歳のころ、親戚の神社で禰宜をしていたんだ。そのとき、俺は荒れててね。それをきみがまっとうな道に引き戻してくれた。詳しいことは、またいずれ、ね」
まったく覚えていない。
記憶を喰われたからだろうが、12年前の自分は、明宜に何を言ったのだろうか。
自分が忘れていることを知っているのに、この人はなぜ好きになってくれたのだろう。
分からない事ばかりだ。
うつむいていると、冷たい、ひんやりとした手が頬に触れた。
「……?」
「いいんだよ。ゆっくり思い出していってくれれば。――うん。でも、思い出さなくてもいい。今のきみも昔のきみも、変わらない」
「そう、なんですか?」
「うん。びっくりるほど変わってないよ」
やさしい色。
ほんとうに、やさしい色をしている。
つめたい手も、薄い色の目も、好きなのだ。
好きになって、しまったのだ。
後悔さえ、しないほどに。
胸の痛みさえ、甘いと感じられるほどに。
「……あんたは、ほんとうに……」
そうっと、肩に額を押し付ける。
シャツの上からでは分からないが、肩の体温もきっと、そんなに暖かくはないのだろう。
どれくらい、そうしていただろう。
顔を上げ、間近で明宜の顔を見据えた。
「――信じてくれた?」
「……うん」
そんなことを言われてしまえば、頷かざるを得ないじゃないか。
くちびるを噛みしめ、目を伏せる。
信じることが怖かった。
だけどそれは、明宜を疑うという事だ。傷つける、ということだ。
それは、絶対に嫌だった。
――それだけじゃない。
それだけじゃ、駄目だ。
うなじに手を当てられ、そっと引き寄せられる。
もう、抵抗などする気などなかった。
――されるがまま、くちづけられる。
そのまま、畳のうえに引き倒された。
あの時の力とは全く違う。腕と肩を掴まれ、無表情で見下ろされたあのときの力と。
やさしい。
ほんとうに、この人は。
「……っ」
びくりとおかしいくらいに肩がすくむ。
くびすじにくちづけられて、耳元でぬれた音が聞こえた。
「ん……っく」
「……永劫くん」
ほんのすこしの――、欲情を隠しきれていない声色に、背筋がわななく。
爪が畳をひっかき、ぎしり、と音がした。
「ねえ、永劫くん。経験って、ある?」
「は!?」
「女の子と」
「な、なんで……」
「なんで、って。一回や二回、あるんでしょ?」
はっきり言って、ない。
ないが、なんとなく言いづらい。
押し黙っていると、額にくちづけられた。目の前に、苦笑いをする明宜の顔がある。
「まあ、いいけどさ。じゃ、男とは?」
「あ、あ、あるわけないだろ! 馬鹿か!」
「馬鹿ってね。……なに、きみは気にならないわけ? 俺の体験」
「……そ、それは」
にやり、と笑い、明宜はくちびるを耳もとに寄せた。思わず肩が竦み、畳を爪でひっかく。
「ま、それはおいおい、ね」
「おいおいってなんだよ……」
明宜はきっと、経験があるのだろう。
余裕そうな表情が、すこしだけ憎らしい。
睨み付けても、飄々と笑っている。たぶん、これが大人の余裕ってやつなのだろう。




