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いちゞくの花  作者: イヲ
第一花
2/68

-2-

蝉の声さえしない。

足がだらしなく震えている。

怖い。

半端なく怖い。

鳥居をくぐって数分。

数分、とはいっても、本当はどれくらいたったのかわからない。

まだ数秒かもしれない。だが、本当に長い時間、歩いている気がする。

暗闇だ。

腕時計さえ、暗くて見えない。


虫の声だけが響くなか、砂利の音が耳朶をとおりすぎてゆく。

神社特有の、ひんやりとした温度。

鳥肌がたつ。


じゃり、じゃり。


「うぅ……。怖い……。寒い……」


おかしい。夏だというのに、なぜこんなに寒いのだろう。

半そでのティーシャツが、とても恨めしい。長そでを着たいくらいだ。


――じゃり。


「……ん?」


自分のほかに誰かいる?分からない。そんな気がするだけだ。いや、いない。誰もいない。

誰もいないはずだ。

こつ、こつ、こつ、スニーカーをわざと鳴らせて、その足音をなかったことにしようとする。

しかし、いる。自分以外のなにか(・・・)が。


総毛立った。


「……!?」


首すじに、冷たい風が通り過ぎてゆく。

その直後に足が動かなくなった。否、動かないのではない。動こうとしないのだ。

みずからの、意思で。


ほんとうの恐怖の前では、声など出ないのだ。

初めて知った。


靴音――いや、草履が道をすべる音だ。


つっと背中に冷たい汗がとおってゆく。

動けない。

動けない。

だが、声が出ない。助けをよぶこともできない。

ここで、――死ぬのだろうか。

死、というものが、今、たった今、初めて身近に感じた。


自分――大神(おおがみ)永劫(ながえ)という大層な名前をもって生まれて早19年。

父親と母親はいない。しかし、祖父がいる。

祖父はひどく信心深くて、神社によく連れて行っていてくれた。


神社。

――そうだ。

神社。ここは、神社だ。

神の社。

それがこんなに恐ろしくて怖い場所だとは思わなかった。

あの日までは。


どこかの神社か――わすれてしまったが、その神社の禰宜に言われたのだ。

怖い場所だよ――と。


それが異様に怖くて、それ以来、祖父と一緒に神社に行くことはしなくなってしまった。



走馬灯のようにそれが頭のなかを走りぬけてゆく。

死ぬのか。

なにか得体の知らないものに殺されて。


――いやだ。

まだ、死ねない。


はぁー、という、冷たい息が頬をなぜる。

まるで足元から氷が張られてゆく感覚。

それでも、冷や汗というものは出るものなのだ。こめかみから汗がにじみでて、参道にしみこんでゆく。


――意識が――。



「おいおい、なーんでこんな場所にいるんだ?」




第一印象は、チャラい。だった。



夢をみた。

なつかしい夢を。


「じいちゃん、なんで、この道のまんなかを歩いちゃいけないの?」

「この参道のまんなかはね、神様が通る道なんだよ。だから、通っちゃいけないんだ」

「そうなんだ。ねえ、神様は、なんで偉いの?」

「ははは。永劫はおもしろいことを言うねえ。ああ、――さん。こんにちは。ほら、永劫、おまえを挨拶をおし」

「こんにちは!」

「こんにちは。今日はいい天気で。掃除のしがいもありますよ」


逆光――。

逆光で、顔がみえない。

ただ、真っ白な着物と、勿忘草色の袴だけが色彩をはなっている。


たしか、そうだ。

この会話のあと、自分は神社に行くことが怖くなってしまったのだ。

でも、その話をした禰宜の名前が思い出せない。

あんなに何回も何回もあの神社に足を運んだのに。

あんなに何回も、その人に会ったのに。

声も、顔さえも、思い出せない。

ただ、言葉だけが頭のなかにこびりついているのだ。




「ふんふんふ~ん」


テンポはずれな鼻歌の声で目が覚めた。

頭が痛い。ずきずきとする。


「う……っ」

「んー?」


体が重く、動けない。ただ、チャラチャラしてる、としか言えない声色が頭の上から聞こえる。

ずいっ、と目の前に突き出された顔。


――薄い。

いや、髪の毛が、じゃなく。

髪の色が。

茶髪、というか、ベージュだ。色が。

僅かにある目のしわが、年を感じさせる。

たぶん、30代半ばだろう。

目は細いが、顔だちはなんだか優男風に見える。


それほどじっくり見るひまがあった。


「おお、目ェさめたか」

「あ……あんた、は?」

「俺? 俺はただのおっさんだよ」

「いや、名前……」


すっと顔がひかれ、畳に座る音がすぐ近くで聞こえる。

ようやく開かれた視界は、木でできた天井が見え、それからわずかな香のにおいがただよっていた。


自称「おっさん」は煙草を吸いながら、にんまりとわらう。


「ああ、なんだ、名前か。珊瑚(さんご)明宜(あきのり)だよ」

「珊瑚……さん?あの、俺、いったい……」

「そりゃー、話せば長くなんな。ちぃっとばかし、待ってな」


ぼさぼさの髪をがしがしと遠慮なく掻いて、奥の間へ行ってしまった。

珊瑚明宜。

変わった苗字だ。

ようやく頭の回転ができるようになってきた。

体もすこしだけ軽い。布団からぬけだす。

きょろきょろと部屋のなかを見渡すと、ただの和室のようだ。


「……?」


しかし、気になるもの――。見てはいけないものが貼ってあることに気づく。


札だった。


入口という入口に札が無遠慮に貼ってあるのだ。

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