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「きみのほうが、よっぽど優しいよ。俺の性格は、本当はそんなによくないんだ」
「……そうだったとしても、俺からしてみれば優しい人ですよ」
自分の価値は、自分で決めるものじゃない。
良くも悪くも、それは自分で決めることができないのだ。
「迷惑じゃなければ、優しい人、っていう認識をさせておいてください」
家のなかに入って、ひとりごちるように呟く。
目の前を歩く明宜は、肩をゆらせて笑った。
「はは、きみは面白いことを言うねぇ」
「……」
ふつうはそんなこと言わないよ、と彼は笑っている。
(あんたは、そうしていてくれるだけでいい。それだけで、いいんだ。)
(嘘だ。)
(ほんとうは、伝えることさえも怖い。たぶん、俺は伝えないだろう。伝えないで、終わるのだ。臆病ものだから。珊瑚さんは――。)
結婚もしないし、恋人も作らない、と言っていた。
だから、叶わないのだ。
それ以前に、自分も男で、彼も男だ。
もともと、かなうはずもない。
分かっている。
だからこそ、――苦しい。
「……」
「ん? どうしたの、永劫くん」
「いえ、……別に」
なにもない、と思い込む。
だから、笑って見せる。何もない。何もない。だから、そのままでいてほしい。
優しいままの、明宜で。
「別に、じゃないでしょ? どっか、具合でも悪いんじゃないの」
「……本当に、大丈夫ですから」
「でも、顔色が悪いよ」
「すこし休めばよくなります。……すみません。ちょっと一人にさせてください」
(あんたは悪くない。何も、悪くないんだ。悪いのは、俺なんだから。)
全部、全部。
(あんたは、やさしいから。)
「あら、どうしたの」
廊下にたたずむ姿を見つけた鈴鹿が問うも、彼は何も答えない。
ただ、薄い、それこそ飴色にも似た髪の毛をぼりぼりと掻いているだけだ。
「嫌われちゃったかねぇ」
呟いた言葉に、鈴鹿は目を見開いた。
そんなことはないだろう。逆に、あの子は。
そこまで思って、すぐに思考をやめる。
「……まあ、分かるけどね。嫌われる理由も」
「馬鹿ねぇ。アンタ。どこをどうとれば、あの子がアンタを嫌いになるのよ」
たぶん、永劫は明宜の事が好きなのだろう。
憧れや羨望ではなくて、ただ純粋に。苦しんでいる。きっと、永劫は。
だからこそ、野良神がよりつく理由もできてしまう。
――ばかな子、だとは思えなかった。
彼の、永劫の過去は鈴鹿には分からない。だが、明宜は知っている。
その過酷な過去の理由も。すべて。
だからこそ、明宜も苦しいのだろう。
鈴鹿には分からない。
二人の痛みも、苦しみも。
「あのね、不安なのはわかるけど、あんまり余裕です、っていう顔はやめておいたほうがいいわよ?」
「どういう意味だよ」
「不安にさせるからよ。永劫ちゃんを。心のゆらぎは野良神につけこまれる。アンタ、分かっているんでしょ。野良神は出て行けと言えば出ていくと言っていたわ。永劫ちゃんは必死に過去の記憶を忘れようとしている。でも、忘れようとすればするほど、野良神は憑いて離れない。向き合わなければ、意味がないのよ」
分かっているのだろう。実際は永劫も、向き合わなければ野良神は離れないという事を。
「野良神は、いるだけでその人の気を吸い続ける。そうする事で、存在を維持できるから。逆に言えば、永劫ちゃんを殺そうとしているのよ。野良神は」
明宜の肩がわずかに動く。
長い前髪からは、暗い目の色が覗いていた。
「向き合わなければ、必ず永劫ちゃんの命を奪うわ」
「――……」
「野良神は、毒なのよ。人間にとってはね。記憶を奪うだけじゃない。命だって奪うわ。アタシとアンタの両親みたいにね」
「馬鹿だったんだよ。あいつらは」
「ひどい言いかたね。たしかに、アタシたちは両親にとって――いえ、珊瑚家と鈴鹿家にとって道具だった。そのおごりが死に追いやった」
あの男と女は、鈴鹿――彰比呂や明宜を依代として育てたのだ。
神を降ろすための道具として。
あいつらは、神の力を自分たちの思うとおりにしようとしていた。
そんなことはできるはずがないのに。
神の力を手に入れて、何ができると言うのだろう。
――名声か、力か、金か。
ただそれだけのために、いや――そのために、その代償であいつらは死んだ。
人間にとって、神の力というものは過ぎたものだ。
もっとも、そうさせたのは人類なのだろうけど。
人間には、力が必要だった。太古の昔から。
その代償に、たくさんの人間が死んでいった。
父母もそうだった。
神の逆鱗に触れたのだ。馬鹿な奴らだった。神の前には、人間はごみ屑当然だ。
だからこそ、うまく付き合わなければならない。
怒りを鎮めるため、崇め奉り、畏み畏み白すと囁く。
「珊瑚家も、鈴鹿家も、もうない。遺児はアタシたちだけ。だから、自由に、残りの人生を送ろうと思ったのに、またこんなことをしているのね」
「――永劫くんで最後にしたいと思うけどね」
「どうでしょうね。アンタ、結構人がいいから。優しすぎるのよ」
「永劫くんにも言われたよ。優しくなんてないのに」




