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いちゞくの花  作者: イヲ
第四花
19/68

-2-

「きみのほうが、よっぽど優しいよ。俺の性格は、本当はそんなによくないんだ」

「……そうだったとしても、俺からしてみれば優しい人ですよ」


自分の価値は、自分で決めるものじゃない。

良くも悪くも、それは自分で決めることができないのだ。


「迷惑じゃなければ、優しい人、っていう認識をさせておいてください」


家のなかに入って、ひとりごちるように呟く。

目の前を歩く明宜は、肩をゆらせて笑った。


「はは、きみは面白いことを言うねぇ」

「……」


ふつうはそんなこと言わないよ、と彼は笑っている。


(あんたは、そうしていてくれるだけでいい。それだけで、いいんだ。)

(嘘だ。)

(ほんとうは、伝えることさえも怖い。たぶん、俺は伝えないだろう。伝えないで、終わるのだ。臆病ものだから。珊瑚さんは――。)


結婚もしないし、恋人も作らない、と言っていた。

だから、叶わないのだ。

それ以前に、自分も男で、彼も男だ。

もともと、かなうはずもない。

分かっている。

だからこそ、――苦しい。


「……」

「ん? どうしたの、永劫くん」

「いえ、……別に」


なにもない、と思い込む。

だから、笑って見せる。何もない。何もない。だから、そのままでいてほしい。

優しいままの、明宜で。


「別に、じゃないでしょ? どっか、具合でも悪いんじゃないの」

「……本当に、大丈夫ですから」

「でも、顔色が悪いよ」

「すこし休めばよくなります。……すみません。ちょっと一人にさせてください」


(あんたは悪くない。何も、悪くないんだ。悪いのは、俺なんだから。)


全部、全部。



(あんたは、やさしいから。)




「あら、どうしたの」


廊下にたたずむ姿を見つけた鈴鹿が問うも、彼は何も答えない。

ただ、薄い、それこそ飴色にも似た髪の毛をぼりぼりと掻いているだけだ。


「嫌われちゃったかねぇ」


呟いた言葉に、鈴鹿は目を見開いた。

そんなことはないだろう。逆に、あの子は。

そこまで思って、すぐに思考をやめる。


「……まあ、分かるけどね。嫌われる理由も」

「馬鹿ねぇ。アンタ。どこをどうとれば、あの子がアンタを嫌いになるのよ」


たぶん、永劫は明宜の事が好きなのだろう。

憧れや羨望ではなくて、ただ純粋に。苦しんでいる。きっと、永劫は。

だからこそ、野良神がよりつく理由もできてしまう。

――ばかな子、だとは思えなかった。

彼の、永劫の過去は鈴鹿には分からない。だが、明宜は知っている。

その過酷な過去の理由も。すべて。

だからこそ、明宜も苦しいのだろう。

鈴鹿には分からない。

二人の痛みも、苦しみも。


「あのね、不安なのはわかるけど、あんまり余裕です、っていう顔はやめておいたほうがいいわよ?」

「どういう意味だよ」

「不安にさせるからよ。永劫ちゃんを。心のゆらぎは野良神につけこまれる。アンタ、分かっているんでしょ。野良神は出て行けと言えば出ていくと言っていたわ。永劫ちゃんは必死に過去の記憶を忘れようとしている。でも、忘れようとすればするほど、野良神は憑いて離れない。向き合わなければ、意味がないのよ」


分かっているのだろう。実際は永劫も、向き合わなければ野良神は離れないという事を。


「野良神は、いるだけでその人の気を吸い続ける。そうする事で、存在を維持できるから。逆に言えば、永劫ちゃんを殺そうとしているのよ。野良神は」


明宜の肩がわずかに動く。

長い前髪からは、暗い目の色が覗いていた。


「向き合わなければ、必ず永劫ちゃんの命を奪うわ」

「――……」

「野良神は、毒なのよ。人間にとってはね。記憶を奪うだけじゃない。命だって奪うわ。アタシとアンタの両親みたいにね」

「馬鹿だったんだよ。あいつらは」

「ひどい言いかたね。たしかに、アタシたちは両親にとって――いえ、珊瑚家と鈴鹿家にとって道具だった。そのおごりが死に追いやった」


あの男と女は、鈴鹿――彰比呂や明宜を依代として育てたのだ。

神を降ろすための道具として。

あいつらは、神の力を自分たちの思うとおりにしようとしていた。

そんなことはできるはずがないのに。

神の力を手に入れて、何ができると言うのだろう。

――名声か、力か、金か。

ただそれだけのために、いや――そのために、その代償であいつらは死んだ。


人間にとって、神の力というものは過ぎたものだ。

もっとも、そうさせたのは人類なのだろうけど。

人間には、力が必要だった。太古の昔から。

その代償に、たくさんの人間が死んでいった。

父母もそうだった。

神の逆鱗に触れたのだ。馬鹿な奴らだった。神の前には、人間はごみ屑当然だ。

だからこそ、うまく付き合わなければならない。

怒りを鎮めるため、崇め奉り、畏み畏み白すと囁く。



「珊瑚家も、鈴鹿家も、もうない。遺児はアタシたちだけ。だから、自由に、残りの人生を送ろうと思ったのに、またこんなことをしているのね」

「――永劫くんで最後にしたいと思うけどね」

「どうでしょうね。アンタ、結構人がいいから。優しすぎるのよ」

「永劫くんにも言われたよ。優しくなんてないのに」



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