-5-
××夢を見ていた××
――夢をみることをやめた。
夢さえもコントロールできるようになったのは、二十歳の時だっただろうか。
夢を見ることは、心をさらけ出すということだ。
夢を覚えているということは危険なのだから。
夢を
夢を
夢を
夢を、見た。
「……」
汗がにじみ出る。
呼吸が荒く、煩わしい。
額にたまる汗をむりやり拭って、深く息を吐く。
「――……はぁ」
久しぶりに――七年ぶりに夢を見た。
夢というものはこんなにも不気味で、こんなにも恐ろしいものだということを、久しぶりに気づく。
――嗚、嫌だ。
「嫌だ嫌だ」
こんな感覚はほんとうに――久しぶりだ。
「珊瑚さん、朝ですよ」
襖のむこうで声がする。それでも、体が言うことを聞かない。
すべては夢のせいだ。なんだかひどく、疲れている。
「珊瑚さん? どうしたんですか?」
布団の上から動けずにいると、不審そうな声が聞こえてきた。
ああ、とか、うん、とか言ったような気がしたが、彼には聞こえないのだろう。
「開けますよ」
悪いとは思うも、返事が聞こえないので開けてしまった。
「……珊瑚さん!?」
「ああ、おはよう。永劫くん」
ひどく、――具合が悪そうな顔をしている。顔色も悪く、夏だというのに青ざめていた。
おもわず明宜に駆け寄る。手のひらを顔にあてて、荒く呼吸をしている姿を見て、ざっと血が凍るようなおもいになった。
「どこか、具合悪いんですか?」
「ああ、いや。すまないね。すこし、――夢見が悪くてさ」
「そう、ですか……。朝飯、食べられますか?」
「ごめん。軽いもの、作ってもらっていいかな」
ひどく辛そうだ。
頷いて、すぐに台所に向かった。
卵粥でもいいだろうか。
あと、昨日漬けておいたきゅうりもある。
「っ」
きゅうりを切っていたら指を切ってしまった。
赤い筋が、人差し指の先をにじませてゆく。
(なんで。)
(なんで、こんなに焦っているんだ。俺は。)
「あら。どうしたの? 朝ごはん?」
「いえ。珊瑚さん、すこし具合悪いみたいで。朝飯はそのあとでいいですか?」
「ええ。もちろん。具合が悪いってどうしたのかしらね……。夏バテかしら」
「夢見が悪かったとかで」
ご飯を煮ている途中、「え?」と不思議そうに鈴鹿が首をかしげた。
なにも、おかしなことは言っていないはずだが。
「おかしいわね。明宜ちゃんは夢を見ないはずだけど……」
「え……? どういうことですか?」
「いえね。二十歳くらいのころから、夢をみないようにしたって言っていたわ。なにかあったのかしらね」
「……それは」
「ま、本人に聞いてみなさいな。それが一番手っ取り早いわ」
ばっちりと化粧をした鈴鹿は、自室に戻って行ってしまった。
なにか含み笑いをしていたような気がするが、気のせいだろうか。
火を消して、小鍋ごと明宜の自室に戻る。
夢をみないようにした?
夢をみない、ではなくて。
彼の――珊瑚明宜のことは本当に、何もわかっていない。
知りたいと思うのに。
(なぜ?)
なぜ、知りたいと思うのだろうか。
(やさしいから? やさしいだけで、これほどまでに痛んだり、悲しんだりするのだろうか。)
分からない。
ずきり、と胸が痛んだ。
何の痛みかさえ、分からずに。
(いや、違う。
「珊瑚さん。おかゆ、作ってきました」
襖を開けて、なにか考え事をしているように目を伏せている明宜に、盆を渡す。
すこし驚いたような顔をしたが、すぐに目を細めて「ありがとう」と呟いた。
「卵粥ですけど。栄養もとっておかないと」
「ああ――ありがとう」
「礼なんて言わないでください。……俺は」
「うん?」
――俺は?
どうして、こんな思いになるんだろう。
まだ、たった数日しか一緒にいない。いや――前にも会ったらしいが、全くと言っていいほど覚えていないというのに。
だが、なつかしいにおいがする。
なつかしくて、あたたかくて、一緒にいると痛くて、苦しくて――そして、うれしい。
その理由は、――本当は知っているだろう?
大神永劫。
「俺は、別に――好きでやっている事ですから」
「――うん、ありがとう」
「だから、礼なんて――」
「ああ、うん、ごめん」
飴色の目を細めて永劫に笑いかける。
たったそれだけのこと。
そうだ。
ほんとうに、たったそれだけのことなのだ。
――だから、辛いし痛い。
それだけのことに一喜一憂することを、どこかで戸惑っている。
それでも――それでもいいと思っていた。
「うん。おいしい。きみは本当に料理が上手だねぇ」
「……ありがとうございます。じゃあ、また食べ終わったころに来ますから、置いておいてください」
「――永劫くん」
まるでここから去ることを制するように、明宜が呼び止める。
「はい?」
「すまないね」
「――……やめてください」
そんなこと、言ってほしくはない。
聞きたくない。
その言葉を振り切るように襖を閉めた。
――なんだ。
そうだったのか。
そういう、事だったのか。
苦しくなるのも、悲しくなるのも、痛くなるのも、暖かくなるのも、嬉しくなるのも。
全部、そういうことだったのか。
明宜を、――好きになったからだったのだ。




