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いちゞくの花  作者: イヲ
第三花
17/68

-5-

××夢を見ていた××



――夢をみることをやめた。

夢さえもコントロールできるようになったのは、二十歳の時だっただろうか。

夢を見ることは、心をさらけ出すということだ。

夢を覚えているということは危険なのだから。

夢を

夢を

夢を

夢を、見た。



「……」


汗がにじみ出る。

呼吸が荒く、煩わしい。

額にたまる汗をむりやり拭って、深く息を吐く。


「――……はぁ」


久しぶりに――七年ぶりに夢を見た。

夢というものはこんなにも不気味で、こんなにも恐ろしいものだということを、久しぶりに気づく。


――(ああ)、嫌だ。



「嫌だ嫌だ」


こんな感覚はほんとうに――久しぶりだ。


「珊瑚さん、朝ですよ」


襖のむこうで声がする。それでも、体が言うことを聞かない。

すべては夢のせいだ。なんだかひどく、疲れている。


「珊瑚さん? どうしたんですか?」


布団の上から動けずにいると、不審そうな声が聞こえてきた。

ああ、とか、うん、とか言ったような気がしたが、彼には聞こえないのだろう。


「開けますよ」





悪いとは思うも、返事が聞こえないので開けてしまった。


「……珊瑚さん!?」

「ああ、おはよう。永劫くん」


ひどく、――具合が悪そうな顔をしている。顔色も悪く、夏だというのに青ざめていた。

おもわず明宜に駆け寄る。手のひらを顔にあてて、荒く呼吸をしている姿を見て、ざっと血が凍るようなおもいになった。


「どこか、具合悪いんですか?」

「ああ、いや。すまないね。すこし、――夢見が悪くてさ」

「そう、ですか……。朝飯、食べられますか?」

「ごめん。軽いもの、作ってもらっていいかな」


ひどく辛そうだ。

頷いて、すぐに台所に向かった。


卵粥でもいいだろうか。

あと、昨日漬けておいたきゅうりもある。


「っ」


きゅうりを切っていたら指を切ってしまった。

赤い筋が、人差し指の先をにじませてゆく。


(なんで。)

(なんで、こんなに焦っているんだ。俺は。)


「あら。どうしたの? 朝ごはん?」

「いえ。珊瑚さん、すこし具合悪いみたいで。朝飯はそのあとでいいですか?」

「ええ。もちろん。具合が悪いってどうしたのかしらね……。夏バテかしら」

「夢見が悪かったとかで」


ご飯を煮ている途中、「え?」と不思議そうに鈴鹿が首をかしげた。

なにも、おかしなことは言っていないはずだが。


「おかしいわね。明宜ちゃんは夢を見ないはずだけど……」

「え……? どういうことですか?」

「いえね。二十歳くらいのころから、夢をみないようにしたって言っていたわ。なにかあったのかしらね」

「……それは」

「ま、本人に聞いてみなさいな。それが一番手っ取り早いわ」


ばっちりと化粧をした鈴鹿は、自室に戻って行ってしまった。

なにか含み笑いをしていたような気がするが、気のせいだろうか。


火を消して、小鍋ごと明宜の自室に戻る。

夢をみないようにした?

夢をみない、ではなくて。


彼の――珊瑚明宜のことは本当に、何もわかっていない。

知りたいと思うのに。


(なぜ?)


なぜ、知りたいと思うのだろうか。


(やさしいから? やさしいだけで、これほどまでに痛んだり、悲しんだりするのだろうか。)


分からない。

ずきり、と胸が痛んだ。

何の痛みかさえ、分からずに。


(いや、違う。


「珊瑚さん。おかゆ、作ってきました」


襖を開けて、なにか考え事をしているように目を伏せている明宜に、盆を渡す。

すこし驚いたような顔をしたが、すぐに目を細めて「ありがとう」と呟いた。


「卵粥ですけど。栄養もとっておかないと」

「ああ――ありがとう」

「礼なんて言わないでください。……俺は」

「うん?」


――俺は?


どうして、こんな思いになるんだろう。

まだ、たった数日しか一緒にいない。いや――前にも会ったらしいが、全くと言っていいほど覚えていないというのに。


だが、なつかしいにおいがする。

なつかしくて、あたたかくて、一緒にいると痛くて、苦しくて――そして、うれしい。


その理由は、――本当は知っているだろう?

大神永劫。


「俺は、別に――好きでやっている事ですから」

「――うん、ありがとう」

「だから、礼なんて――」

「ああ、うん、ごめん」


飴色の目を細めて永劫に笑いかける。

たったそれだけのこと。

そうだ。

ほんとうに、たったそれだけのことなのだ。


――だから、辛いし痛い。


それだけのことに一喜一憂することを、どこかで戸惑っている。

それでも――それでもいいと思っていた。


「うん。おいしい。きみは本当に料理が上手だねぇ」

「……ありがとうございます。じゃあ、また食べ終わったころに来ますから、置いておいてください」

「――永劫くん」


まるでここから去ることを制するように、明宜が呼び止める。


「はい?」

「すまないね」

「――……やめてください」


そんなこと、言ってほしくはない。

聞きたくない。

その言葉を振り切るように襖を閉めた。




――なんだ。

そうだったのか。

そういう、事だったのか。



苦しくなるのも、悲しくなるのも、痛くなるのも、暖かくなるのも、嬉しくなるのも。

全部、そういうことだったのか。



明宜を、――好きになったからだったのだ。

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