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いちゞくの花  作者: イヲ
第三花
16/68

-4-

「とりあえず今日は疲れたわ。あなたのごたごたは明日でもいいかしら」

「あ、はい。あの、鈴鹿さんはどちらから来られたんですか?」

「こいつは一つの場所に定住しないんだよ」


ということは、家がないということなのだろうか。


「家がないんですか?」

「いやねぇ。家はあるわよ。でも、アタシはいろんなところに行きたいの。だから、家を出たのよ。明宜ちゃんと一緒」

「余計なことを言うなって言っただろうが」


明宜はどこかうんざりとした様子で鈴鹿を見た。

それをうまく躱して、「それより」と赤いくちびるの端を上げる。


「この辺りで今日、お祭りがあるそうじゃない! 行ってみない?」

「お祭り……? ああ、確かすぐ近くの神社でありましたね」


あの神社は住宅地のなかにあるからか、毎年たくさん人が集まる。

ただ、神社とだけあって、永劫はここ数年祭りには行っていない。神社、それも夜。明るいとはいえ、行きたくはなかった。


「うーん。行くのはあんまり推奨しないなぁ」

「ええ? いいじゃない。アタシも行くし、明宜ちゃんも行くし」


ぼんやりと答えた明宜は、呆れたようにため息を吐き出す。


「あのね、鈴鹿。おまえ、永劫くんの今の状況分かってないだろ」

「分かるわよ。アタシ、目と鼻もいいんだから」

「……目と鼻?」


言っている意味がよくわからない。

目と鼻が利く、ということなのだろうか。


「それに、人が多ければ多いほど都合がいいじゃない。餌がたっくさんあるんだから」

「――餌って、人間のことですか?」

「あら、よくわかったわね。あわよくば、ほかの人間に憑いて行ってくれるかもしれないじゃない?」


ふざけた顔で、ふざけたことをぬかす。

永劫は拳をにぎりしめて、かぶりを振った。

そんなことをして野良神が離れても、嬉しくもなんともない。ただ――被害者が増えるだけだ。


「そんなことされても嬉しくありません。俺みたいな人が、……大事な記憶を喰われる人が、また増えるだけだ」

「あら。でも、ほかの人に憑けば、記憶は戻ってくるかもしれないのよ?」

「俺のために俺以外の人間が傷つくのはいやなんです。夢見が悪くなるし、いいことなんて何もない」


細い声で呟くと、氷が溶けそうに浮いている冷茶を飲み込んだ。

すべては、自分のためだ。

そういう男なのだ。自分は。そう言い聞かせて、明宜を見据える。

彼は読めない表情をして、ぼんやりと永劫を見返していた。


「いいことなんて何もない、か。優しいわね。あなた」

「別に、優しくなんてないですよ。言ったでしょう。すべては俺のためなんだって」

「うふ。そういうことにしておきましょう。それにしても残念ね。浴衣姿の男たちを間近で見れるいい機会だったのに……」


ほんとうに残念そうに鈴鹿は天井を仰ぐ。

――こいつは本物だ。

永劫はそう思って、鈴鹿からすこしだけ、距離を置いた。




夜、遠くから祭囃子が聞こえてきた。

風呂から上がって縁側で涼んでいると、後ろから声をかけられた。


「――すまないね」

「なにがです」

「いや、……鈴鹿が永劫くんを不愉快にさせたんじゃないかと思ってね」

「別に――あんたが謝ることじゃないでしょう」


何故かとげとげしい言葉が出てしまう。

理由は分からない。

ただ、この男――珊瑚明宜と一緒にいると、何故か落ち着かない。

悲しくなったり、辛くなったり、痛くなったりする。


「うーん。そうだけど、さ」


よっこいしょ、と縁側に座った明宜は、祭囃子を聞くように口を閉じた。

そっと彼の目を見上げると、夜の色の目を細め、口許をすこしだけゆるめている。


「あんまりあいつのこと、嫌わないでほしいんだよね」

「別に、嫌いとは言ってないでしょう」

「はは、そうだったね」

「――鈴鹿さんって、いったい何者なんですか?」


鈴鹿彰比呂。

ごくごく普通のオカマじゃない事は分かっている。

野良神の事を知っているのだから。


「うん。あいつとは、家同士が仲がよかったんだよ」

「仲が、よかった?」

「今はもうないんだけどね――。家はさ。まあ、幼馴染って言えばいいのかな。ぞっとしないけど」


ちいさく笑う明宜は、どこか――懐かしそうに、それでも悲しそうだった。

嫌なことを聞いてしまっただろうか。

それに、家がないということは、どういうことなのだろう。

それでも――聞くことはできなかった。

知りたいと思っているのに。


「でもさ、いいんだよ。もう、昔のことは。あんまりいいことなかったしねぇ。――こうしてると、なんだか俺たち、不思議なものだよね」

「どういうことですか?」

「よく似ている(・・・・)

「え」


似ている。

似ているのだろうか。

頷くことができるほど、永劫はまだ、明宜のことを知らなすぎた。


「……俺なんかよりよっぽど、壮絶な人生送ってそうですけど。珊瑚さんは」

「そんなことないよ」


そんなこと、ない?

嘘をつくな。

胸中で呟くも、声にはできない。

できるほど、彼の事を知らない。強くもないのだから。

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