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「とりあえず今日は疲れたわ。あなたのごたごたは明日でもいいかしら」
「あ、はい。あの、鈴鹿さんはどちらから来られたんですか?」
「こいつは一つの場所に定住しないんだよ」
ということは、家がないということなのだろうか。
「家がないんですか?」
「いやねぇ。家はあるわよ。でも、アタシはいろんなところに行きたいの。だから、家を出たのよ。明宜ちゃんと一緒」
「余計なことを言うなって言っただろうが」
明宜はどこかうんざりとした様子で鈴鹿を見た。
それをうまく躱して、「それより」と赤いくちびるの端を上げる。
「この辺りで今日、お祭りがあるそうじゃない! 行ってみない?」
「お祭り……? ああ、確かすぐ近くの神社でありましたね」
あの神社は住宅地のなかにあるからか、毎年たくさん人が集まる。
ただ、神社とだけあって、永劫はここ数年祭りには行っていない。神社、それも夜。明るいとはいえ、行きたくはなかった。
「うーん。行くのはあんまり推奨しないなぁ」
「ええ? いいじゃない。アタシも行くし、明宜ちゃんも行くし」
ぼんやりと答えた明宜は、呆れたようにため息を吐き出す。
「あのね、鈴鹿。おまえ、永劫くんの今の状況分かってないだろ」
「分かるわよ。アタシ、目と鼻もいいんだから」
「……目と鼻?」
言っている意味がよくわからない。
目と鼻が利く、ということなのだろうか。
「それに、人が多ければ多いほど都合がいいじゃない。餌がたっくさんあるんだから」
「――餌って、人間のことですか?」
「あら、よくわかったわね。あわよくば、ほかの人間に憑いて行ってくれるかもしれないじゃない?」
ふざけた顔で、ふざけたことをぬかす。
永劫は拳をにぎりしめて、かぶりを振った。
そんなことをして野良神が離れても、嬉しくもなんともない。ただ――被害者が増えるだけだ。
「そんなことされても嬉しくありません。俺みたいな人が、……大事な記憶を喰われる人が、また増えるだけだ」
「あら。でも、ほかの人に憑けば、記憶は戻ってくるかもしれないのよ?」
「俺のために俺以外の人間が傷つくのはいやなんです。夢見が悪くなるし、いいことなんて何もない」
細い声で呟くと、氷が溶けそうに浮いている冷茶を飲み込んだ。
すべては、自分のためだ。
そういう男なのだ。自分は。そう言い聞かせて、明宜を見据える。
彼は読めない表情をして、ぼんやりと永劫を見返していた。
「いいことなんて何もない、か。優しいわね。あなた」
「別に、優しくなんてないですよ。言ったでしょう。すべては俺のためなんだって」
「うふ。そういうことにしておきましょう。それにしても残念ね。浴衣姿の男たちを間近で見れるいい機会だったのに……」
ほんとうに残念そうに鈴鹿は天井を仰ぐ。
――こいつは本物だ。
永劫はそう思って、鈴鹿からすこしだけ、距離を置いた。
夜、遠くから祭囃子が聞こえてきた。
風呂から上がって縁側で涼んでいると、後ろから声をかけられた。
「――すまないね」
「なにがです」
「いや、……鈴鹿が永劫くんを不愉快にさせたんじゃないかと思ってね」
「別に――あんたが謝ることじゃないでしょう」
何故かとげとげしい言葉が出てしまう。
理由は分からない。
ただ、この男――珊瑚明宜と一緒にいると、何故か落ち着かない。
悲しくなったり、辛くなったり、痛くなったりする。
「うーん。そうだけど、さ」
よっこいしょ、と縁側に座った明宜は、祭囃子を聞くように口を閉じた。
そっと彼の目を見上げると、夜の色の目を細め、口許をすこしだけゆるめている。
「あんまりあいつのこと、嫌わないでほしいんだよね」
「別に、嫌いとは言ってないでしょう」
「はは、そうだったね」
「――鈴鹿さんって、いったい何者なんですか?」
鈴鹿彰比呂。
ごくごく普通のオカマじゃない事は分かっている。
野良神の事を知っているのだから。
「うん。あいつとは、家同士が仲がよかったんだよ」
「仲が、よかった?」
「今はもうないんだけどね――。家はさ。まあ、幼馴染って言えばいいのかな。ぞっとしないけど」
ちいさく笑う明宜は、どこか――懐かしそうに、それでも悲しそうだった。
嫌なことを聞いてしまっただろうか。
それに、家がないということは、どういうことなのだろう。
それでも――聞くことはできなかった。
知りたいと思っているのに。
「でもさ、いいんだよ。もう、昔のことは。あんまりいいことなかったしねぇ。――こうしてると、なんだか俺たち、不思議なものだよね」
「どういうことですか?」
「よく似ている」
「え」
似ている。
似ているのだろうか。
頷くことができるほど、永劫はまだ、明宜のことを知らなすぎた。
「……俺なんかよりよっぽど、壮絶な人生送ってそうですけど。珊瑚さんは」
「そんなことないよ」
そんなこと、ない?
嘘をつくな。
胸中で呟くも、声にはできない。
できるほど、彼の事を知らない。強くもないのだから。




