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「それで、いくらなの?」
鈴鹿は人差し指と親指を丸めて「金」のしぐさをすると、明宜は冷めた目で「さぁね」と吐き捨てた。
――そうだ。忘れていた。
禮も言っていた。「ボランティアなんてやりはじめたの」と。
そして「まさか」と明宜は答えた。
彼自身、まったくのタダで野良神をどうにかしてくれるとは言ってはいない。一言も。
今更永劫は青ざめて、明宜を見上げた。
「あ、あの、珊瑚さん。俺、そんなにお金持っていないし、でも、少しずつでも返しますから、だから、その」
「あらやだ。明宜ちゃん、言ってなかったの? お金のこと」
真っ赤な爪をくちびるに当てて、鈴鹿は目を見開いた。
ものすごく青い目だ。
カラーコンタクトだろうが、若干、怖い。
「そうねぇ。これくらいの野良神だったら、100万くらいが妥当かしら」
「ひゃく……っ」
100万。
100万、とは。
1円が100万枚である。
高校生の頃、遊ぶ金欲しさにバイトをしたことがあったが、それなりしか稼げなかった。
毎日通っているわけではなかったから、一か月、大体5,6万だったはずだ。
今も大学で、バイトなんて毎日できるわけがないと豪語できるほどそれなりに忙しい。
それでも高校生ではないから、すこしはプラスされるだろうけど、それも雀の涙くらいだろう。
「……確かに、俺はボランティアなんてしないけどねぇ。でも、永劫くんは別」
「ふぅん。別、ねぇ。ま、アタシは別にいいけど」
「永劫くん。金の事は気にしないでくれよ。きみはよくやってくれているし。掃除も、料理も」
「それとこれとは、いろいろと合わないんじゃ……」
「いいんだよ。きみには、いろいろと恩があるし。恩返しってことじゃ駄目かな」
恩?
恩、なんて、明宜に売っていない。
だが、それも食われた記憶のなかにあるというのならば、そうなのかもしれないが。
「って言っても分からないか。うん。とにかく、きみには恩があるんだ。だから、金の事は気にしないで大丈夫だよ」
「いや、でも……」
「いいじゃない。永劫ちゃん。明宜ちゃんがそう言うんだから、子どもは大人に甘えておけばいいのよ」
「おまえが余計なことを言うからだろうが!」
永劫に使う言葉と、鈴鹿に使う言葉がちがう。
たぶん、本当に親しい間ではなければ、鈴鹿にぶつけているような言葉は使わないのだろう。
――ずき、
「え……」
なんだ、これは。
なんで、胸が痛むのだろうか。意味が分からない。
「どうしたの、永劫ちゃん」
「え、いや、別に……」
何だろう。首をかたむける。
じっとこちらを見ている鈴鹿の視線が痛い。
口許がゆるんでいて――なんだか、自分でもわからない胸の内を見透かされているようだ。
なんとなく――居心地が悪くて、視線をそらす。
「……うふ。さて、遅くなったけどこれ、お土産ね」
「あ、ありがとうございます……。ちょっと、お茶いれてきます」
紙袋を下げて、台所に逃げるようにむかった。
なぜこんな思いになるのかも、なぜこんなに胸が痛むのかも分からないままに。
台所にたつと、なぜか目の前がゆがんできた。
無意識に目をこすってみる。
「え……、なんで」
なぜだ。
「なんで、俺、泣いているんだ……?」
記憶が喰われて、父の顔も母の顔も分からなくて、名前さえも忘れてしまって。
その痛みも、わかっていたのに。
わかっていたのに、わかっていなかった。
ずるずると床に体が沈み込む。
やさしかった。
ただただ、やさしかった。
珊瑚明宜は。
どうしてそんなにやさしいのかと思えるほどに。
立ち上がり、無様に涙をぬぐって、冷茶を作る。
氷を入れ、透明な緑色の茶を見ていると、すこしだけ――ほんのすこしだけ、落ち着いた、ような気がした。
ステンレスを鏡代わりに使うと、涙のあとはどこにもなくて、安堵する。
三つのグラスをもって、座敷にふたたび戻った。
「お茶――」
「ああ、ありがとう。永劫くん」
机の上に載せると、早速鈴鹿が手を伸ばす。紙袋のなかに入っていたものは、洋菓子だった。マカロン。
そのマカロンはとても「かわいらしい」色をしていた。
淡いピンクや、ペールグリーン。オフホワイト。
「うふふっ。ここの洋菓子屋さん、とっても人気があってね、手に入れるの大変なのよぉ」
「……そうなんですか。俺、マカロンって食べたことなくて」
「あらもったいない。どうぞ食べてみて食べてみて」
かわいらしいパッケージ。
男が買うにはすこし勇気がいるのだろうが、鈴鹿なら何とも思わないのだろう。
「いただきます」
ペールグリーンのマカロンを食べると、なんだか――不思議な触感がした。
面白い味だ。
だが、何味かと聞かれれば、分からないと言うしかない。
一応、何味かはあるのだろうけども。
「美味しい。これ、永劫ちゃんがいれたの?」
「ああ、お茶ですか。ええ、まあ」
「すごいわ。このお茶、すごく美味しい」
「まあ、茶葉がいいんじゃないですかね」
「ううん。違う。なんだかとても――、やわらかい味がするわ」
よくわからないが、そうなのだろうか。
祖父と暮らすなかで、茶を入れるのはいつも永劫だった。
なぜなら、祖父は茶をいれることが苦手だったらしい。昔はずっと、祖母がいれていたらしいが。
「――ありがとうございます」




