表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いちゞくの花  作者: イヲ
第三花
13/68

-1-

死にたいとか、死にたくないとか。

そういうことは、誰もが、この世界の人間すべてが、思うはずだ。

ただそれは一時のことで――、それだけで野良神に憑かれることはない。


「野良神は、その名の通り野良の神。神社にいるだけじゃない。野良なのだから、居場所がない。居場所がないということは、そこらじゅうにいるという事」

「――……。そ、れは」

「わかるかい?どういう意味か」


廊下に寝そべったまま、口許だけでわらう明宜をただ――見上げた。

そこらじゅうにいる――。

人間だと思っていたものが人間じゃない。

人間じゃないと思っていたものが人間。

猫も

犬も

虫も


「きみの目には(・・・)、たぶん、違って見えるんだろうねぇ。この世界は。俺が犬に見えるものは()に見えるし、猫に見えるものは()に見える」

「俺の、目……? それ、は、野良神に、憑かれたから、で」

「それはちがう」


あっさりと、明宜は否定する。

かぶりを振って、――それから、笑みを消した。


「きみが、君自身の世界を変えた(・・・・・・・・・・)。最初からそうだったのさ」

「そんなはずは……」

「言い切れるのかい?」


息をのむ。

違うとは言い切れなかったからだ。

思い当たることが、多すぎて。


「きみのお父上とご母堂は、一体、誰だった?」

「え……」


誰。

両親。

父親。母親。

わからない。誰だったっけ。

名前も、顔も、思い出せない。


ぐにゃり、と明宜の顔がゆがむ。思い出せない。思い出せない。思い出せない。


「死にたいと、きみは思っていた。生きていたくない、と。それはきみのせいじゃない。きみが本当に思っていたことは、そんなことじゃない」


どういう意味だろうか。自分の想いは、自分だけしか分からない。

それなのに明宜は、なんでそんなに、――辛そうに顔をゆがめるのだろう。


「喰われたんだよ。きみは」

「え……」

「野良神に。記憶も思い出も、なにもかも。すべて」


ゆっくりと瞬きをする。目の前には、やはり明宜がいた。

まぎれもない、珊瑚明宜が。

じゃあ、今、ここにいる自分は何なんだ。記憶も思い出も野良神に喰われているのなら、今、ここにいる自分は、一体誰なのだろう。


「じゃあ、俺は、誰なんだ? じいちゃんやあんたは、一体誰なんだ?」


喉がからからに乾いている。

目さえも乾いて、ひどく痛い。


「永劫くん。俺は珊瑚明宜だし、きみのおじいさんは大神(おおがみ)章介(あきすけ)さんだ。間違いはない」


そこでようやく、体を起こすことに成功した。

それでもひどくゆっくりとした速度でだが。明宜は辛抱強く待っていてくれて、ようやく廊下に座ることができた永劫を、じっと見下ろした。


「じゃあ、何なんだよ。一体、野良神って何なんだ?」

「野良神は、もともと“喰らうもの”なんだよ。野良神だった以前――本当の神だったころだって、人間の畏怖や敬うという思いや気持ちを喰らっていた。喰うことで、存在を保っていた。神というのは、人間がいて初めて存在できるんだよ。考えてもみれば、古事記や日本書紀に書かれている神々は、もともと人間が書いたものだ。そうだろう? 誰も、それを視たものなんかいない」

「……野良神も、神も、すべて人間が作ったって言うのか?」

「そう」


明宜はゆっくりとうなずいて、飴色の目を永劫の黒紅の目に向け、真摯に――言葉をつづける。


「だからこそ、やっかいなんだ。神ならまだいい。祀られて、押さえつけられているからね。厄介なのは野良神だ。畏怖や敬う思いを糧とした神とは違い、人間そのものを狙っている。意思なんてないに等しいんだ。だから、女子供関係なく襲う。ほとんど本能で動いているからね」

「子供……」

「……大丈夫かい?」


手を差し出されて、ゆっくりと立ち上がる。

ようやく立ち上がることができて、安堵した。


薄い、あめ色の髪の毛。

透けて、きらきらと光っている。外は、まだ明るい。


「頭、痛い」

「……すまない。急にいろいろなことを話しすぎたね」

「――謝るなよ。まだ分からないことあるけど。本当のことなんだろ? だったら、教えてほしい。父さんや母さんの顔が思い出せない……食われた記憶のことも、どうしたら取り返せるのかも」

「……――そうだね。また、いずれ、ね」


明宜は、知っている。

永劫の幼いころのことも、喰われた記憶の事も、父の事も母の事も。

だけど、今聞く勇気はなかった。

それに――なんだかとても、辛そうだったからだ。


「明後日、俺の友人――というか、腐れ縁の男がくるんだ。きっと、力になってくれる」

「ああ、……うん。分かった。なあ、珊瑚さん」

「うん?」

「――冷蔵庫に、なんにもないんだけど」



明宜は破顔して、腹を抱えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ