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いちゞくの花  作者: イヲ
第二花
11/68

-4-

「変なことって、どこをどうとれば変なことになるんですか」

「だってきみがいきなり謝るから」


口をとがらせてみても、まったくかわいくない。

おっさんがそんな顔をするなよと思うが、本人はいたって本気なのだろう。そんな顔をしているのに。

――なんとなく、話がかみ合っていないような気もする。


「だって、珊瑚さん。俺のせいで具合が悪くなってしまえば、それは謝るでしょう。何もおかしなことじゃない」

「うーん……。具合が悪い、という表現があっているかは別として、こうなってしまうのは俺の力不足なんだから、きみが気に病む必要はどこにも――」

「気に病むから言ってるんだろ」


そうだ。

自分の所為で他人が傷つくとか、冗談じゃない。

そんなものは夢見が悪くなるし、心が引きずられるようで苦しいのだ。

周りからは「目つきが悪いねあはは」と笑われる程度の目をしているのだが、このおっさん――明宜は、驚いたように目を見開いている。

睨んだからではない。

その言葉に(・・・・・)驚いたのだ。


「俺は、優しい人間でも、心根がいい人間でもない。だから、嫌なんだよ。俺のせいで俺以外の人間が傷つくのは。それはぜんぶ、俺のためだ。俺が嫌な思いをするから、嫌なんだよ」

「……永劫くん」


吐き出すように呟いた言葉をいちいち拾われたような気がして、なんだか胸のおくがむかむかとする。

周りが黒焦げた目玉焼きに目を下ろすと、はあ、とため息を吐き出した。

ああ、馬鹿だ。馬鹿なのは自分だ。

ただただいらいらとして、むかむかとして、明宜に当たるなんて、馬鹿馬鹿しくていやになる。


「……すいません。分かったような口をきいて」

「――いや」


うつむいたままの頭を、明宜はまるで壊れ物でも触るようなしぐさで触れた。

まるで、ガラスの破片でも触れるかのようなやわらかさで。


「!」

「うん。ありがとう。――ありがとう。永劫くん」

「べ、別に当たり前のことだろ」


ふいと顔を背けると、明宜はおかしそうに、だが控えめに笑った。

頭を撫でられるのは、ひさしぶりだ。――本当に。

祖父が頭を撫でることをやめたのは、高校生になった時からだろうか。

高校生になればもう、そういう接触はいやがると思ったのだろうか、祖父は一切頭に手をのせることはしなかった。

永劫はそれを別に何とも思っていなかったし、あとから、そういえばそうかもしれないと思ったくらいだ。


だが、明宜に手をのせられた時は違った。

なんだか――悲しいような、痛いような、嬉しいような。そんな感覚が心を揺さぶったのだ。

何故かはわからない。

しかし、はっきりとした感覚が心に突き刺さった。


「……きみと話していると、おもいだすよ」

「?」

「俺がまだ、チビだったころのこと」


明宜にも子供の頃があったのだろうか。なんだか、そのまま大きくなったような感じがしたのだが。


「あんたにも、子どものころがあったんだな」

「そりゃどういう意味だよ……」


肩をおとして、いかにも「落ち込んでいます」と体全体で言っているようだが、どうにもぱっとしない。

髪の毛は本当に薄い色をしているし、シャツはよれよれだし、くたびれたような恰好をしている。そういう人間全員がそうではない事は分かっているが、なんだかこの男は――子供のころからつかみどころがなくて、飄々としていて、かわいくない子供だったのではないだろうか。


「あんたの小さいころ、きっとかわいくなかったんだろうな。見ててそう思うよ」

「おいおい、馬鹿言っちゃいけねぇよ。永劫くん。俺の小さいころはなぁ、そりゃもう、天使のようにかわいかったんだぜ?」

「それは顔のことだろ。俺が言ったのは性格のこと――」


そこまで言って、あわてて口をつぐんだ。

今の言い分では、「顔はかわいかった」と言っているようなものだ。

とはいうものの、今の顔では「天使のような」顔とは言えないが、比較的、整っている。


「んん? 顔は褒めてくれてるって思えばいいのかな?」

「う、う、うるさいな! 喋ってないでさっさと食え!」


すっかり敬語は忘れてしまっているが、全く気にしていない。

これからは、敬語などいらないのではないかというくらいだ。

にやにやと笑っている明宜は、手をあわせて「いただきます」とどこか楽しそうに呟いた。




それから涼しいうちにと、しぶる明宜を引き連れて家のまわりの草を刈った。

太陽が真上にきたころには、ほとんどの草がきれいになっていた。


「あっつーい。ねえ、永劫くん。まだやるのー?」

「あっつーいって……。いいですよ。珊瑚さんは休んでても。あともう少しだし、俺やりますから」


首に巻いている手ぬぐいで汗をぬぐい、腕時計を見るとすでに12時を指している。

自分はまだそれほど腹は減っていないが、明宜は減っているのかもしれない。

たしかに暑くなっているから、この辺でやめておいた方がいいだろう。


「わかりましたよ。お昼ですから、昼飯作ってきます」

「うん。ありがとー。悪いけど俺、シャワー浴びてくるよ」

「はいはい。あとで俺ももらっていいですか」

「もちろんいいよ。じゃあ、またあとでね」


明宜は上機嫌に風呂場へ入っていった。



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