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「変なことって、どこをどうとれば変なことになるんですか」
「だってきみがいきなり謝るから」
口をとがらせてみても、まったくかわいくない。
おっさんがそんな顔をするなよと思うが、本人はいたって本気なのだろう。そんな顔をしているのに。
――なんとなく、話がかみ合っていないような気もする。
「だって、珊瑚さん。俺のせいで具合が悪くなってしまえば、それは謝るでしょう。何もおかしなことじゃない」
「うーん……。具合が悪い、という表現があっているかは別として、こうなってしまうのは俺の力不足なんだから、きみが気に病む必要はどこにも――」
「気に病むから言ってるんだろ」
そうだ。
自分の所為で他人が傷つくとか、冗談じゃない。
そんなものは夢見が悪くなるし、心が引きずられるようで苦しいのだ。
周りからは「目つきが悪いねあはは」と笑われる程度の目をしているのだが、このおっさん――明宜は、驚いたように目を見開いている。
睨んだからではない。
その言葉に驚いたのだ。
「俺は、優しい人間でも、心根がいい人間でもない。だから、嫌なんだよ。俺のせいで俺以外の人間が傷つくのは。それはぜんぶ、俺のためだ。俺が嫌な思いをするから、嫌なんだよ」
「……永劫くん」
吐き出すように呟いた言葉をいちいち拾われたような気がして、なんだか胸のおくがむかむかとする。
周りが黒焦げた目玉焼きに目を下ろすと、はあ、とため息を吐き出した。
ああ、馬鹿だ。馬鹿なのは自分だ。
ただただいらいらとして、むかむかとして、明宜に当たるなんて、馬鹿馬鹿しくていやになる。
「……すいません。分かったような口をきいて」
「――いや」
うつむいたままの頭を、明宜はまるで壊れ物でも触るようなしぐさで触れた。
まるで、ガラスの破片でも触れるかのようなやわらかさで。
「!」
「うん。ありがとう。――ありがとう。永劫くん」
「べ、別に当たり前のことだろ」
ふいと顔を背けると、明宜はおかしそうに、だが控えめに笑った。
頭を撫でられるのは、ひさしぶりだ。――本当に。
祖父が頭を撫でることをやめたのは、高校生になった時からだろうか。
高校生になればもう、そういう接触はいやがると思ったのだろうか、祖父は一切頭に手をのせることはしなかった。
永劫はそれを別に何とも思っていなかったし、あとから、そういえばそうかもしれないと思ったくらいだ。
だが、明宜に手をのせられた時は違った。
なんだか――悲しいような、痛いような、嬉しいような。そんな感覚が心を揺さぶったのだ。
何故かはわからない。
しかし、はっきりとした感覚が心に突き刺さった。
「……きみと話していると、おもいだすよ」
「?」
「俺がまだ、チビだったころのこと」
明宜にも子供の頃があったのだろうか。なんだか、そのまま大きくなったような感じがしたのだが。
「あんたにも、子どものころがあったんだな」
「そりゃどういう意味だよ……」
肩をおとして、いかにも「落ち込んでいます」と体全体で言っているようだが、どうにもぱっとしない。
髪の毛は本当に薄い色をしているし、シャツはよれよれだし、くたびれたような恰好をしている。そういう人間全員がそうではない事は分かっているが、なんだかこの男は――子供のころからつかみどころがなくて、飄々としていて、かわいくない子供だったのではないだろうか。
「あんたの小さいころ、きっとかわいくなかったんだろうな。見ててそう思うよ」
「おいおい、馬鹿言っちゃいけねぇよ。永劫くん。俺の小さいころはなぁ、そりゃもう、天使のようにかわいかったんだぜ?」
「それは顔のことだろ。俺が言ったのは性格のこと――」
そこまで言って、あわてて口をつぐんだ。
今の言い分では、「顔はかわいかった」と言っているようなものだ。
とはいうものの、今の顔では「天使のような」顔とは言えないが、比較的、整っている。
「んん? 顔は褒めてくれてるって思えばいいのかな?」
「う、う、うるさいな! 喋ってないでさっさと食え!」
すっかり敬語は忘れてしまっているが、全く気にしていない。
これからは、敬語などいらないのではないかというくらいだ。
にやにやと笑っている明宜は、手をあわせて「いただきます」とどこか楽しそうに呟いた。
それから涼しいうちにと、しぶる明宜を引き連れて家のまわりの草を刈った。
太陽が真上にきたころには、ほとんどの草がきれいになっていた。
「あっつーい。ねえ、永劫くん。まだやるのー?」
「あっつーいって……。いいですよ。珊瑚さんは休んでても。あともう少しだし、俺やりますから」
首に巻いている手ぬぐいで汗をぬぐい、腕時計を見るとすでに12時を指している。
自分はまだそれほど腹は減っていないが、明宜は減っているのかもしれない。
たしかに暑くなっているから、この辺でやめておいた方がいいだろう。
「わかりましたよ。お昼ですから、昼飯作ってきます」
「うん。ありがとー。悪いけど俺、シャワー浴びてくるよ」
「はいはい。あとで俺ももらっていいですか」
「もちろんいいよ。じゃあ、またあとでね」
明宜は上機嫌に風呂場へ入っていった。




