↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

幼馴染を優先する夫を、三年間かけて使い切りました

作者: よみなぎ
掲載日:2026/10/30

「リリアが妊娠した。俺の子だ」


結婚三周年の記念日。


夫のアルベルトは、幼馴染を隣に座らせてそう宣言した。


「そうですか。おめでとうございます」


私は紅茶のカップを置いた。


「それでは、離婚の手続きに進みましょう」


「……は?」


夫が目を丸くした。


「俺はリリアを側室として迎えようと……」


「お断りします。離婚することは以前から決めておりましたので」


私は机から離婚合意書を取り出した。


すでに私の署名は済ませてある。


「あとは、あなたの署名だけです」


「待て! いつから準備していた!」


「三か月前です。領地再建事業の最終工程が完了したころですね」


「領地再建? 何の話だ!」


私は首をかしげた。


「私たちが結婚した目的のひとつでしょう?」


◇


私はエレノア。王都で交易商会を営む伯爵家の娘として生まれ、三年前、地方領主のアルベルト子爵と政略結婚した。


当時の子爵領は財政難だった。


先代の借金。荒れ果てた街道。商人が寄りつかない宿場町。


一方、私の実家の商会は、新しい交易路を求めていた。


子爵領を通れば、王都と西方の穀倉地帯を結ぶ輸送距離を大幅に短縮できる。


双方に利益のある結婚だった。


私は夫婦として協力し、領地を豊かにするつもりだった。


ところが、結婚から一週間後。


「今日はリリアと食事をする。夕食はいらない」


「承知しました」


「それから、あいつが新しいドレスを欲しがっていてな。領主家の予算から出しておいてくれ」


「私的な贈り物ですので、あなたの個人費用からお願いします」


「お前は冷たいな。リリアは俺の大切な幼馴染なんだぞ」


その後も夫は、何かにつけてリリアを優先した。


領地の視察を取りやめて観劇へ行き、商人との会食を欠席して買い物に付き合う。


ひと月後には、彼女を領主館に住まわせた。


「アルベルト様。私たちは夫婦として領地を経営していく約束だったはずです」


「領地のことはお前に任せる。俺はリリアの面倒を見なければならないんだ」


「そうですか」


私は理解した。


この人と夫婦としての信頼関係を築くのは無理だ。


ただ、それだけだった。


悲しくはない。悲しむほどの関係を築けていなかったからだ。


そこで私は、事業計画を変更した。


夫婦としての共同経営は不可能。


しかし、アルベルトは領主としての権限を持っている。


街道の整備許可、商業施設の建設許可、土地の長期賃貸契約。


領地再建には、まだ彼の署名が必要だった。


ならば、利用できる間は利用すればいい。


私は夫婦関係の改善を諦め、事業の整理を始めた。


◇


最初に取り組んだのは、資産の分離だった。


領地再建には、実家の商会が多額の資金を投じている。


離婚時に損失を出さないよう、商会が建設する倉庫や加工場は商会の所有とし、土地は長期賃借する。


一方、街道や橋、水路は領主家の資産として整備し、その費用は商会からの貸付金として記録した。


「アルベルト様。新しい倉庫の建設契約に署名をお願いします」


「また書類か?」


「はい。商会が建設費用を負担し、倉庫を所有する契約です」


「好きにしろ」


彼は内容も読まずに署名した。


「それより、リリアが王都へ行きたいと言っている。商会の馬車を用意してくれ」


「商会の馬車は業務用です。領主家の馬車をご利用ください」


「相変わらず融通が利かないな!」


私は微笑んだ。


「申し訳ありません」


謝罪に費用はかからない。


夫が幼馴染と遊んでいる間、私の仕事は順調に進んだ。


領主が経営に口を出さない。


事業責任者にとって、これほどありがたいことはない。


二年目には街道の通行量が増え、宿場町に店が戻り、領地の税収も回復した。


私は次の段階へ進んだ。


商会の倉庫には独立した管理人を置き、輸送契約は取引先と直接結ぶ。


農産物も生産者から買い付け、領主家を介さず販売する。


税金や土地の賃料は、もちろん契約どおりに支払った。


領主家の権利を侵害する必要はない。


ただ、領主家が経営に参加しなくても事業が回るようにしただけだ。


そして三年目。


大型倉庫と荷馬車の整備場が完成した。


これで、商会の事業は領主家から独立して運営できる。


残るのは貸付金の回収だけだ。


領地の税収があれば、契約どおり返済できる。


夫が私を必要とする理由は、まだある。


しかし、私が夫を必要とする理由は、もうない。


ちょうどそのころ、夫とリリアの肉体関係も確認できた。


私は証拠を弁護士に預け、離婚の準備を整えた。


あとは夫が切り出すのを待つだけだった。


その三か月後。


夫は幼馴染の妊娠を宣言した。


実に都合のよい時期だった。


◇


「つまり、お前は俺を利用していたのか!」


アルベルトが叫んだ。


「領地再建のために協力していただきました」


私は契約書を並べた。


「こちらが商会所有の施設一覧。こちらが土地の賃貸契約。そして、領主家への貸付金の残高です」


「何だ、この金額は!」


「街道と水路の整備費用です。すべて承認いただいております」


「こんな借金があるなんて聞いていないぞ!」


「毎月、会計報告をお渡ししておりました」


「俺は見ていない!」


「存じております」


夫が言葉を詰まらせた。


「今後の追加融資は行いません。商会所有の施設は、引き続き商会が運営いたします」


「それでは領地の事業を俺が自由に動かせないじゃないか!」


「はい。商会の事業ですので」


「領主は俺だぞ!」


「もちろんです。ただし、商会の資産を処分する権限はございません」


リリアが立ち上がった。


「そんなのおかしいです! 奥様は子爵家に嫁いだんでしょう? だったら商会の財産も子爵家のものでしょう!」


「いいえ。商会と領主家の財産は別です」


「でも、アルベルト様が領主なんですよ!」


「はい。領地の税収は領主家に入ります。そこから借入金の返済と設備の維持費を支払ってください」


私は帳簿を閉じた。


「現在の税収なら、適切に管理すれば問題ありません」


アルベルトが鼻で笑った。


「ほら見ろ。何も問題ないじゃないか」


「ええ。適切に管理すれば」


私は離婚合意書を差し出した。


「では、署名をお願いいたします」


◇


離婚はひと月後に成立した。


私は王都へ戻り、商会の経営に専念した。


領地の事業は支店長に任せ、契約どおりに継続する。


領主家への新たな融資だけを停止した。


それから二か月後。


『領主家の資金繰りが悪化しています』


支店長から報告が届いた。


原因は明白だった。


アルベルトは増加した税収を、すべて自由に使える金だと思っていた。


しかし実際には、借入金の返済や街道の維持費が必要だ。


そこへリリアとの盛大な結婚式、新しい衣装、宝飾品、宴会費用が加わった。


支出は、私が管理していたころの倍近くになっていた。


「予算を削減すれば、まだ立て直せるでしょう」


私はそう返事をした。


しかし夫は支出を減らさず、別の商人から借金をした。


その金で、さらに宴会を開いたという。


実に興味深い経営判断だった。


◇


半年後、アルベルトが商会を訪れた。


「エレノア! 金を貸せ!」


「融資のお申し込みですか? 事業計画書と返済計画書をご提出ください」


「そんなもの、あるわけないだろう!」


「では、お貸しできません」


「お前は俺の元妻だろう!」


「はい。元妻です」


「俺が困っているんだぞ!」


「現在の領主家には返済能力がありません」


「お前が貸さないから返済できないんだ!」


「借金を返すために、さらに借金をするのですか?」


夫は黙った。


「……リリアが、新しい宝石を欲しいと言って」


「購入しなければよかったのでは?」


「妊娠中なんだぞ! あいつを悲しませるわけにはいかないだろう!」


「そうですか」


「お前には分からないだろうな! 愛する女を喜ばせたい男の気持ちなんて!」


「ええ。ただ、ひとつだけ分かります」


私は微笑んだ。


「愛情で借金は返済できませんよ」


「この冷血女!」


「お褒めいただき、ありがとうございます」


「褒めていない!」


私は受付係を呼んだ。


「お客様がお帰りです。お見送りをお願いします」


◇


その後、領主家の財政は急速に悪化した。


アルベルトは税収を担保に借金を重ね、ついには返済が滞った。


さらに、借りた金の一部を街道修復費として帳簿に記載しながら、実際にはリリアの衣装や宝飾品に使っていた。


債権者たちの訴えを受け、王国の監査官が調査に入った。


そして、帳簿の改ざんが発覚した。


私は商会の債権者として、裁判に出席した。


「俺は知らなかった! 帳簿はすべて妻が管理していたんだ!」


アルベルトが叫んだ。


裁判官が尋ねた。


「前妻のことか?」


「そうだ!」


「問題の支出は、離婚成立後のものだ」


夫は黙り込んだ。


続いて、リリアが証言台に立った。


「私は何も悪くありません! アルベルト様が好きなものを買っていいって言ったんです!」


「では、会計担当者に虚偽の記録を作成させたのはなぜだ?」


「それは……」


「あなたの署名がある指示書が提出されている」


リリアの顔から血の気が引いた。


「だって……領主夫人として、きれいなドレスを着なければ……」


「領主夫人の衣装代を街道修復費に計上してよい理由にはならない」


判決が下された。


アルベルトは爵位を剥奪され、領地は王家の管理下に置かれた。


リリアは財産没収と三年間の禁錮刑。妊娠中のため、刑の執行は出産後まで延期された。


「いや……そんな……」


リリアはその場に崩れ落ちた。


アルベルトも呆然としていた。


私は判決を聞き終え、席を立った。


これで領主家に関する問題は解決した。


「エレノア!」


アルベルトが私を呼び止めた。


「お前……満足か?」


「何がでしょう?」


「俺たちがこんな目に遭って! さぞ嬉しいだろう!」


「いいえ。特に何も感じません」


「嘘をつくな! お前は俺を憎んでいるんだろう!」


「いいえ。まったく」


「俺が浮気したから、復讐したんだろう!」


私は首を横に振った。


「アルベルト様。私たちは政略結婚でした。私は夫婦として信頼関係を築くつもりでしたが、その前にあなたはリリアさんを選ばれました」


「それがどうした!」


「あなたを愛する機会がなかったのです」


夫が固まった。


「……何?」


「ですから、浮気を知っても悲しくありませんでしたし、怒りも感じませんでした」


「そんな……」


「ただ、共同経営者として不適格だと判断しました。それだけです」


「だったら、なぜ今まで俺を支えていた!」


「領地の再建に、あなたの領主権が必要だったからです」


「俺を……利用していたのか?」


「ええ」


私は微笑んだ。


「おかげさまで、すべて使い終わりました。ありがとうございました」


アルベルトは口を開いたまま、動かなかった。


私は軽く頭を下げ、その場を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
そもそも商会は伯爵家の物で子爵家に嫁に行った娘の物ではないのに何で自由になると思ったんだろう。建物は商会の物でも建っている土地は子爵家の物なのなら借地料上げるぞ金よこせとかになる可能性は無かったのだろ…
周辺の貴族及び王宮相手の、子爵家取り潰し計画の根回しを行う描写を入れれば、腑に落ちる話しになりますよ。 周辺にとっては流民発生と周辺治安悪化への予防措置、王宮にとっては直轄領の増加って利点があるので成…
まぁ詐欺にしか見えんけど ちゃんとしてれば気がつけるし こんなのに引っかかる方がヤバいわな あと、すぐ貧乏になるだろうし搾り取っとこ!!みたいな??? いやー素晴らしいですね笑
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。