第7話:五分間の審判
視界が血の色に染まる。
ダイブ直後の強烈な重力(G)から解放されたあかりが目を開けると、そこは巨大な赤い運河の只中だった。
『各員、姿勢制御! 血流に飲まれるな!』
沙也加の鋭い声が通信を叩く。
あかりは、ダイブ・スーツの足に取り付けたスラスターを噴射し、脈動する血管壁の縁に踏み止まった。巨大な赤血球が、まるで空飛ぶ巨大な岩石のように頭上を猛スピードで通り過ぎていく。
「これが……体内……」
『感傷に浸る時間は三秒までだ。凪だ、聞こえるか』
凪の低く冷徹な声が、直接脳に響く。
『現在位置、肺動脈入口。心停止まで、あと二百八十秒だ。心臓の洞結節にバルスの触手が届いた瞬間、こいつは「人間」じゃなくなる。処置ではなく処分が必要な、ただの化け物……バルバルスデッドの誕生だ。そうなりたくなければ、走れ』
「……っ、了解!」
あかりは『ハミングバード』の柄を握りしめた。
前方の肺胞へ続く分岐路。そこには、赤血球の影から這い出してきた、幾何学的で歪な結晶体のような群れがひしめいていた。
『雑魚どもが……。あかりちゃん、少し耳を塞いでいてね?』
美穂の声が重なった。彼女の背負った複合シールド『アイギス』が、重々しく展開し、巨大な蓮の花のように開く。
『広域殲滅音響兵器、出力三割。――お掃除開始です』
キィィィィィィィン、と高周波の不可視の壁が前方を薙ぎ払う。バルスの群れが、一瞬でガラス細工のように粉々に砕け散った。
『あかりさん、今よ! 直進して!』
沙也加が『ジャッジメント』を構え、あかりの進路を塞ごうとする中型の変異種にハッキング弾を撃ち込む。動きの止まった敵を、あかりは一閃、高周波ブレードで両断した。
『……っ、凪先生、患者の心拍が不安定です! 侵食速度がさらに上がってる!』
オペレーションルームの結衣から、悲鳴に近い報告が入る。
『外部から心筋保護剤注入! 同時に除細動用意、三、二、一……今!』
ドクンッ! と、あかりたちがいる空間全体が巨大な震動に襲われた。外部からの電気ショックだ。
『心停止まで残り百二十秒。……あかり、目の前の「壁」が見えるか』
凪の指示。あかりが顔を上げると、肺胞の入り口を、ドロドロとした黒いタールのような物質が完全に塞いでいた。バルバロ・クラスター。
『あの中央に「核」がある。だが、周囲を厚い細胞壁が守っていて、普通なら破壊に三十分はかかる計算だ』
「そんな……あと二分もないのに!」
『……だから、私がいると言っただろう、新人。沙也加、ハッキングで細胞壁の一点に不純物を混ぜろ。美穂、そこに音響を集中させて亀裂を作れ』
『……了解!』
『承知いたしました』
沙也加の精密な狙撃が黒い壁の一点を抉り、美穂の重低音がその傷口を押し広げる。
『あかりさん! 残り三十秒よ! 突っ込んで!』
沙也加の絶叫。
あかりはスラスターを最大出力で噴射した。視界が加速し、黒いタールの奥底で、毒々しい赤色に光る「核」が見えた。
「――っ、間に合えッ!!」
あかりはブレードを正眼に構え、自らも黒い霧の中へ飛び込んだ。
酵素が唸りを上げ、高周波の刃がバルスの核を貫通する。
『……目標、完全沈黙。バルスの崩壊を確認』
凪の淡々とした声が聞こえた瞬間、世界を覆っていた禍々しい赤黒い輝きが、嘘のように消え去った。
同時に、崩壊したバルスの残骸が血流に流され、視界がクリアになっていく。
『……患者の心拍、安定しました。……自発呼吸、戻ります!』
結衣の、涙混じりの声。
『初仕事にしては、赤点ではないな。……各員、代謝限界前に帰還しろ。夕飯の唐揚げが冷める前にだ』
あかりは、その場に膝をつき、激しく上下する肩で息をした。
初めて救った、たった一人の命の重み。
そして、この奇妙な「第13微細医療班」の絆。
あかりの物語は、この地下四階から、鮮烈に動き始めた。
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個別の装備
【天宮 あかり】
武器名:高周波酵素ブレード『ハミングバード』
特徴: 刀身が超高速で微振動し、バルスの強固な細胞壁を物理的に粉砕します。同時に刃から「特製分解酵素」を注入し、バルスの組織を内側からドロドロに溶かします。
【早乙女 沙也加】
武器名:長距離ハッキングライフル『ジャッジメント』
特徴: 物理弾ではなく、プログラム化された「論理弾」を撃ち出します。着弾したバルスの神経系をジャックし、動きを止めたり、敵同士を討ち合わせたりすることが可能。
【如月 美穂】
武器名:複合展開式シールド『アイギス』 & 広域殲滅音響兵器
特徴(防御): 普段は巨大な盾。ナノマシンの層を幾重にも重ね、バルスの腐食液や突進を完全に遮断します。
特徴(攻撃):『エリア・デストロイモード』
盾を放射状に展開し、内部のスピーカーから「バルスの共鳴周波数」に合わせた超高出力の音響を放射。範囲内のバルスを細胞レベルで粉砕・消滅させる。
注意点: 使用には凪の許可が必要(周囲の毛細血管を傷つけるリスクがあるため)。




