外伝 未踏の調律(プロジェクト・バベル)
国立バルス研究センターの大会議場には、かつてない緊張感と、複数の言語が交錯する喧騒が渦巻いていた。
開催されるのは「国際合同微細医療合同ミッション」だ。
アメリカの『ジョンズ・ホプキンス微細医療センター』、欧州の『ケルン・ナノメディカル研究所』、そして日本の『国立バルス研究センター』が、国境を越えた共同オペレーションのデータを収集するための歴史的な一日だった。
日本代表として選出されたのは、第十班『プロトタイプ・デジグネイター』。
彼女たちは、天才・凪宗一郎の独断と偏見で動く第13班とは対極に位置する、NBRC技術局の秘蔵っ子ともいえるチームだった。
第10班の強みは、対バルス装備の研究開発を担っている技術局との密接な連携にある。
第13班が設立されて以来、凪の脅迫、無茶振りによって彼らに新装備が実装されることが多かったが、本来技術局の開発している新装備を正規の手順で受け取り、試験運用をするのはこの第10班なのだ。
オペレートリーダー/ガンナー:藤森明奈
冷静沈着な戦術家。技術局のエンジニアたちと対等に議論を交わし、現場のデータを即座にフィードバックする。
アタッカー:天沢莉子
「新しい装備を壊すのが仕事」と豪語する、重装備マニアの女性。彼女の使う実験装備の負荷は、常人の許容限界を優に超える。
ディフェンダー:芹沢乃亜
空間演算能力に特化した最年少メンバー。防御壁を数式として捉え、リアルタイムで構造を書き換える天才肌。
「凪先生のところは『閃き』で動くけど、私たちは『検証』で勝つ。技術局の皆さんが必死で仕上げてくれたこの装備、世界に見せつけてやりましょう」
明奈の声に、莉子と乃亜が力強く頷いた。
三カ国同時ダイブ:バベルの塔
ミッションの舞台は、複数のバルス核が複雑に絡み合った「多核共鳴種」を宿す特殊被検体。
各国の代表チームが同時にダイブし、異なる思想で設計された兵装を連携させる、極めて難易度の高いオペレーションだ。
「Hey, Japan! その細いスーツで、ワタシたちの高出力パルス・バスターについてこれるのかい?」
アメリカ代表の陽気なオペレーター、ジャニスが巨大な重粒子砲を担いで笑った。
「出力だけが医療ではないことを、身をもって証明してあげるわ」
欧州代表のエレンが、洗練されたナノトラップ(捕獲網)を展開しながら静かに返した。
「ダイブ・シーケンス、オールグリーン。技術局より伝言です――『存分にデータを取ってこい、壊しても予備はある』とのことです」
サポートデスクからの通信を受け、明奈が薄く微笑みんだ。
「第十班、ダイブ!」
実験兵装の咆哮
ダイブ直後、三カ国のオペレーターを待ち受けていたのは、巨大な樹状細胞に擬態したバルスの森だった。
「まずはアメリカのパワーを見せてあげる! パルス・バースト、ファイア!」
ジャニスの放った重粒子が空間を焼き払うが、多核共鳴種は瞬時に再生し、逆にそのエネルギーを吸収して巨大化してしまう。
「ダメよ、力押しは逆効果だわ! エレン、拘束して!」
明奈の指示でエレナのナノトラップが展開されるが、バルスの多層的な細胞壁に弾かれ、網が次々と引き裂かれてしまう。
「……計算通りね。乃亜、位相空間を固定。莉子、新兵器の出番よ」
状況を見て明奈が冷静に指示を下した。
「待ってました! 技術局特製、指向性反物質分解砲『クエーサー・ブレイカー』、リミッター解除!」
莉子の腕に装着された巨大な実験用デバイスが、NLSを軋ませるほどの高圧電流を放つ。これは凪宗一郎が「理論上は可能だが、制御が面倒」と切り捨てた技術を、技術局が執念で安定化させた一品だ。
「喰らいなさい、バルスの細胞壁専用デリート命令!」
莉子が放った漆黒の閃光は、物理的な破壊ではなく、バルスの存在そのものを「定義から消去」するように分解していった。
「嘘でしょ……あんな出力、スーツのフィードバックだけで脳が焼けるはずなのに!」
ジャニスが驚愕する。
「私たちはこの一週間のシミュレーションで、NLSの共振周波数を技術局と一緒にミリ単位で調整してきた。――これが、日本の『組織力』の力よ」
明奈の指示に従い、乃亜がアイギスの実験派生型『幾何学防壁』を展開。複雑な多面体構造の防壁が、バルスの反撃を完璧な角度で逸らし、他国チームをも守護する。
終焉、そして握手
多核共鳴種は、第十班の計算し尽くされた連携と、極限まで調整された実験兵装の前に、その「核」を露呈した。
最後は三カ国の合同攻撃によって、バルスは完璧に無力化。ミッションは大成功に終わった。
シミュレーターから現実世界に帰還した三人を迎えたのは、他国のオペレーターたちの賞賛と、技術局のエンジニアたちの泣き笑いの顔だった。
「明奈、莉子、乃亜! 最高のデータが取れたぞ! これでNLSの次世代型開発が一気に進む!」
エンジニアたちが駆け寄り、彼女たちのスーツを我が子のように撫で回す。
第13班の凪には絶対にできない、現場と開発の泥臭い信頼関係がそこにあった。
「……ふん。相変わらずお役所仕事のような、真面目すぎて反吐が出る戦い方だな」
大会議場の隅で、オブザーバーとして様子を見ていた凪宗一郎が毒を吐いた。しかし、その手元のタブレットには、第10班が命懸けで持ち帰った「クエーサー・ブレイカー」の運用データが共有されており、彼はそれを興味深げに眺めていた。
「うちの班には出せない精度ですね、先生」
隣で見ていた結衣の言葉に、凪は鼻を鳴らす。
「……道具を使いこなす奴ら(13班)と、道具を育てる奴ら(10班)。どっちも欠ければ、この病院は終わりだ」
去りゆく第10班の三人の背中は、日本の微細医療を支えるもう一つの、そして最も堅実な誇りに満ちていた。




