第6話:初陣、ミクロダイブ
「現在シフトの第2、第5、第8班はオペ中です! 11班もオペ後のインターバル(代謝回復)中で動けません。13班にオペ要請です!」
結衣の叫びと同時に、部屋の中央にあるダイブ・ベッドにストレッチャーが滑り込んできた。
運び込まれたのは、20代の男性。顔色は土気色で、喉元にはバルス侵食特有の、黒い血管のような紋様が浮き出ている。
「……ふん。余り物には、福じゃなく厄介事が回ってくるらしい」
凪は『玉座』と呼ばれる指揮席に座ったまま、空中に浮かぶ複数のホログラムウィンドウを、指揮者のように両手で操った。患者のCTスキャン、血液データ、そしてナノレベルの神経スキャンが、凪の瞳の中で火花を散らす。
「ターゲットは左肺下葉、肺動脈の分岐点。そこに『バルバロ・クラスター』が巣食い、肺機能を物理的にジャックしている。……さらに悪いことに、心臓の洞結節へ向かって神経ハッキングを伸ばし始めているな。あと五分で心停止だ」
凪の言葉は冷酷なまでに速い。
「沙也加、お前は中枢神経の手前でハッキングを阻止しろ。美穂、肺胞に群がる雑魚を音響兵器で一掃。新人は……その隙に、最深部のコアを叩き割れ。プランはこれだけだ。……結衣、ダイブ・フルード(縮小媒介液)注入。シンクロ率の固定を急げ」
「了解です! 各ポッド、全系統オンライン!」
結衣の指先がコンソールを舞う。
あかり、沙也加、美穂の三人は、すでにそれぞれのポッドの中で、標準ダイブ・スーツ『ニューラル・リンク・スキン(NLS)』に身を包んでいた。
「あかりさん、大丈夫?」
通信越しに、沙也加の落ち着いた声が聞こえる。
「はい……。心臓が、少しうるさいくらいです」
「いいわよ、その意気。迷ったら私の背中を見なさい。……美穂さん、準備は?」
「ええ、お茶の余韻も消えたわ。……さあ、悪い虫をやっつけに行きましょうか」
美穂の声から、いつもの「ゆるふわ」が完全に消えた。
『各員、ダイブ・ポッド密閉。ダイブ・フルード、充填開始』
無機質なシステム音声と共に、あかりの視界がエメラルドグリーンの液体で満たされていく。肺に液体が流れ込む独特の不快感。だが、次の瞬間、脳内のニューラル・コネクタが「カチリ」と接続された。
『同調率、全員80%オーバー。……良好だ』
凪の声が、頭の中に直接響く。
あかりの視界に、患者の体内の三次元マップと、自分のバイタル情報、そして仲間の位置を示す光点が浮かび上がった。
『カウントダウンを開始する。これより対象の血管内へ潜行、ターゲットを駆除する。……いいか、私の計算を信じろ。そうすれば、死なせてはやらない』
三、二、一。
『ミクロ・ダイブ、開始!』
凄まじいG(重力)があかりを襲う。
粒子加速器が咆哮を上げ、彼女たちの肉体は分子レベルまで圧縮され、カテーテルを通じて患者の血流という名の濁流へと撃ち出された。
目の前の視界が、真っ白に弾ける。
次に目を開けたとき、そこには地上の光景など微塵も存在しない、生命の深淵――赤く脈動する「小宇宙」が広がっていた。
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標準ダイブスーツ:『ニューラル・リンク・スキン(NLS)』
オペレーターが着用する標準型の防護服。ミクロ化した人間が体内で生き延びるための「第二の皮膚」です。
免疫擬態システム: 白血球やマクロファージといった体内免疫系から「異物」と認識されないよう、常に患者の生体データを表面に薄膜展開します。
バイタル・コントローラー: 縮小状態での心拍・血圧を維持し、代謝限界(60分)までの生命維持を司ります。限界を過ぎると、スーツが免疫系に屈し、着用者は「消化」され始めます。
ダイレクト・ニューラル・コネクト: 脊髄部分にある端子から脳に直接接続。視覚だけでなく、体内の圧力や温度を「感覚」としてフィードバックします。




