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ミクロダイブ・エマージェンシー~第13微細医療班の処方箋~  作者: 白黒鯛
最終章 共鳴する魂

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第63話 ふたたび響け、鎮魂歌

女王クイーンの消滅と共に、東京を覆っていた物理的・精神的な「共鳴」は嘘のように霧散した。だが、残された光景は、勝利と呼ぶにはあまりに無残で、あまりに静かだった。


空を覆っていた不気味な赤紫色の雲は晴れ、お台場の海には再び穏やかな冬の陽光が反射している。

しかし、封鎖が解かれた二十三区の路上には、自衛隊員による除染作業の重機が唸りを上げ、無数の黒い焦げ跡――バルバルス・デッドとして「処理」された人々の名残――が、かつての日常が崩壊した痕跡を刻んでいた。


パンデミック収束から一ヶ月。

政治的な混乱は、今なお泥沼の様相を呈していた。

少女・相沢美奈の殺害を企てた特命部隊の不祥事は、治安出動していた部隊の一つが現場での混乱で誤射事件を起こして医療従事者を負傷させたとして、関係者が処分を受けることになった。

政府自体も今回のパンデミックを未然に防げなかったのかという責任問題で野党に厳しく追及され、どこか絵空事に見られているバルス問題が現実の脅威として改めて認識されたことでバルス対策関連予算が大幅に増額される結果となった。

なお、この裏には闇に葬られた少女抹殺計画の全貌という政府の弱みを握っている凪の暗躍があったことを知っているのは第十三班のメンバーだけだった。

そして、第十三班のメンバーにとっての「本当のパンデミック後」は、政治劇ではなかった。


「……あかりちゃん、顔色が良くなったね。もう大丈夫そう?」


国立バルス研究センター附属病院、第十三班のオペレーションルーム。

結衣が淹れた温かいハーブティーの香りが、かつての緊張に代わって部屋を満たしている。

腹部の傷を癒やし、戦列に復帰したあかりは、穏やかに微笑んだ。


「はい。礼さん、そして静香さんの血が、今も私の中で熱いくらいに流れているのを感じます。……不思議ですね。自分一人の体じゃないみたいで、以前よりもずっと、力が湧いてくるんです」


オペレーションルームの隅、静香の遺影の前には、新しい花が絶えることなく供えられている。

パンデミックで家族を失った遺族たちのケア、そしてデッド化して埋葬さえ叶わなかった犠牲者たちの慰霊。あかりたちは非番のたびに、各地の避難所や慰霊祭を訪れていた。


「救えた命よりも、救えなかった命の方が多い……。それが、今回のオペの現実なのよね」


沙也加が、整備を終えた『ジャッジメント』をケースに収めながら、自戒するように呟いた。美穂も、傷だらけになった『アイギス』の盾を見つめ、静かに頷く。


「でも、あの八歳の女の子……美奈ちゃんは退院したって。お母さんと一緒に、またお花を買いに行けるようになったって。……それだけで、私たちの戦いには意味があったんだと思いたいんです」


「ふん、感傷に浸る時間は終わりだ。ガキ共、現実を見ろ」


ベッドから起き上がった凪が、冷酷なまでに鮮明な世界地図をメインモニターに投影した。

地図上には、今回の東京と同じような「不気味な脈動」を示すポイントが、ロンドン、ニューヨーク、上海……と、世界各地で点滅している。


「今回のクイーンは、たまたま東京という群体の中で中枢化した個体に過ぎない。三十年前、あの隕石と共に飛来したバルバルスは、すでに地球の生態系の一部……いや、人類という種の深淵に深く根を下ろしている。パンデミックは終わったんじゃない。これが『新しい日常ウィズ・バルス』の始まりだ」


凪の言葉に、部屋の空気が引き締まる。

バルスは消滅したのではない。共生と寄生、そして進化を繰り返しながら、次の「女王」が羽化する機会を伺っている。人類がこれほどまでに高度な情報社会を築き、神経系をリンクさせている以上、バルスにとって人間は最高の「通信インフラ」なのだ。


「……わかっています、先生」


あかりが立ち上がり、バイザーを手に取った。


「第二、第三のクイーンがいつ現れてもいいように、私たちは研ぎ澄まし続けるだけです。……静香さんが切り拓き、礼さんが繋いでくれたこの道を、私たちが未来へと繋いでいく。それが私たちの、終わらないレクイエムですから」


病院の屋上。

冷たい海風に吹かれながら、氷室礼は一人、空を見上げていた。

彼女の背後から、静かな足音が近づく。


「……礼。一班のリーダーとして、次代の育成コーチングに精を出しているそうじゃないか」


「宗兄。……皮肉はやめてください。私はただ、彼女の中に宿る『しず姉』の残り香が、正しく開花するのを見届けたいだけです」


礼が振り返ると、そこにはかつてないほど柔らかな表情をした凪が立っていた。

礼の三十歳定年まで、あと一年あまり。

彼女が引退する時、あかりは真の意味で「最強」を継承することになるだろう。


「あかりなら大丈夫よ。彼女はもう、誰かの背中を追うだけの少女じゃない。自らが光となって、暗闇を照らすオペレーターになったわ。……二十年前のあの日、しず姉が私を救った時のように」


礼の視線の先では、夕暮れの街に明かりが灯り始めていた。

バルスという名の「野蛮な異邦人」と共に生きる、過酷な未来。

それでも、人間は病み、そして救われる。


「バルス罹患者が救急搬送されました。第13班でオペの要請です!」


オペレーションルームから響く結衣の力強い声。

凪は鼻で笑い、礼は静かに剣の柄に触れた。

そして、あかり、沙也加、美穂の三人が、一陣の風となってダイブ・ハンガーへと駆け抜けていく。


戦いは、これからも続く。

静香が愛したこの世界を守るために。

微細な世界で奏でられる鎮魂歌は、絶望を越え、明日への希望となって響き渡る。

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