第61話 共鳴する魂
視界が灼熱の白に染まり、次の瞬間、あかりは「女王」が支配する極小の深淵へと降り立っていた。
八歳の少女、美奈の心臓付近。そこは血管の拍動さえも重低音の地鳴りへと変貌し、女王が放つ禍々しい精神波が、物理的な圧力となってダイブ・スーツを軋ませる。
「……あ、う……」
腹部の負傷箇所に、焼火箸を押し当てられたような激痛が走る。だが、それ以上に今のあかりを支配していたのは、震えるほどの高揚感だった。
すぐ隣を並走する、白銀の閃光。
氷室礼。
あかりがオペレーター訓練学校の卒業式で、来賓として壇上に立つ彼女を初めて見たあの日から、礼はあかりにとって「空に輝く極星」そのものだった。
約一年前、国立バルス研究センター附属病院に、今年度唯一の新人オペレーターとして配属された時、あかりは期待に胸を膨らませて礼に挨拶をした。
しかし、返ってきたのは、こちらを一瞥だにしない氷のような沈黙だった。
「未熟な雛に、かける言葉はないわ。……死にたくなければ、私の視界に入らないことね」
それが、憧れの人から初めて贈られた言葉だった。
だが、今、あかりの血管には、その氷室礼の血が流れている。
『――集中しなさい、あかり。あなたの鼓動が乱れているわ』
通信回線越しではない。脳内に直接、礼の凛とした声が響く。輸血によって混じり合った「同調因子」が、四人同時ダイブという極限状態の中で、二人の意識をかつてないほど深く連結させていた。
あかりは思い出す。パンデミックが始まる直前、第一班との合同訓練のあとに交わした、二人きりの会話を。
夕暮れの屋上で、礼は遠くを見つめながら、静かに告げた。
「……オペレーターには、三十歳定年制という厳格なルールがある。同調因子の減衰と、肉体への累積負荷。……私がこのスーツを着て、戦場を駆けることができるのは、あと二年もしないでしょう」
最強と謳われ、無敵を体現してきた女性の、初めて見せた「限りある命」の告白。
「あかり。……私は、自分の血が涸れ果てる前に、次の代を見極めなければならない。静香さんが私を救ってくれたように、私がこの灯を託すべき誰かを。……あなたは、その光になれる?」
あかりの手が、『ハミングバード』の柄を強く握りしめる。
憧れは、重圧へと変わり。重圧は今、確かな「継承」の熱へと姿を変えていた。
「……はい、礼さん。私……あなたに見放されるのが、何より怖かった。でも、今は違います」
あかりは負傷を押し、加速装置を限界まで吹かした。女王の触手が、死神の鎌のようにあかりを薙ぎ払おうとする。
「今の私には、あなたの血が、静香さんの想いが流れています。……私は、あなたの背中を追いかけるだけの新人じゃありません。あなたの隣で、一緒にこの子を救う……第十三班の、天宮あかりです!」
「……よく言ったわ、あかり!」
礼の白銀の長剣が、女王の外郭を鮮やかに切り裂く。
その斬撃によって生まれた僅かな隙間に、あかりは自らの意識を全開放した『ハミング・ソナー』を叩き込んだ。
沙也加の『ジャッジメント』が放つ支援弾が、あかりの進路を塞ぐ障害物を正確に粉砕し、美穂の『アイギス』が四人の精神を女王の呪詛から守り抜く。
あかりの視界の中で、女王のコア(核)が露わになった。
それは、少女の純粋な意識を核に取り込み、絶望を餌に急速に肥大化している「悪意の結晶」。
「礼さん、行きます……!」
「ええ……。合わせなさい、あかり。二つの鼓動を、一つの歌に!」
礼の剣筋に、あかりの超振動ブレードが重なる。
一年前、壇上の彼女を見上げていた少女は、今、血と意志を共有し、最強の戦士と肩を並べて深淵を駆けていた。
礼から託された二年間の余白。
静香が救った二十年の未来。
それらすべての時間を乗せて、あかりの刃は女王の真髄へと、真っ向から突き立てられた。
「響け……! 私たちの、鎮魂歌ッ!!」
あかりの叫びと共に、少女の体内を黄金の共鳴波が駆け巡る。
それは破壊の衝撃ではなく、歪められた命を正常な形へと戻す、慈愛に満ちた「調律」の波動だった。




