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ミクロダイブ・エマージェンシー~第13微細医療班の処方箋~  作者: 白黒鯛
第7章 磨穿の輝き

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外伝 深淵の調律師(サイコ・ダイバーズ)

国立バルス研究センターの地下四階、微細医療局の一画に、その「聖域」は存在した。


第8微細医療班、通称「サイコ・ダイバーズ」。


彼らが対峙するのは、人体の最奥にして最大の秘境――「脳」という名の小宇宙に巣食ったバルスだ。


1. 聖域のブリーフィング

「今回の患者は、著名なバイオリニストだ。左前頭葉から海馬にかけて、新型の『ミラージュ・バルス』が寄生している。この個体は神経細胞に擬態するだけでなく、患者の『記憶』を盾にして攻撃を仕掛けてくる」


第8班のコマンドドクター、貴島がモニターを見つめながら静かに告げた。

彼は脳神経外科の権威であり、同時に精神科医としての能力も持つ、医療局内でも数少ない「精神の構造」を知り尽くした男だった。


「記憶を盾に……。じゃあ、下手に攻撃すれば患者の心が壊れるってことですね」


アタッカーの日比野真希が、細身のメス型兵装を指先で回しながら呟く。彼女の役割は破壊ではなく「摘出」。標的を細胞単位で切り分ける、外科手術の極致だ。


「ええ。だからこそ、私の『論理ロジック』が必要なのよ」


オペレートリーダー兼ガンナーの浜口純子が、愛銃『ジャッジメント』のシリンダーを確認した。彼女が撃ち出す論理弾は、脳内の電気信号を整え、バルスによるハッキングを無効化するための楔となる。


「……防御は任せて。どんな精神衝撃サイコ・ショックが来ても、私たちの意識をバラバラにはさせない」


ディフェンダーの森尾美和が、重厚な『アイギス』の裏側で静かに目を閉じた。


2. 深淵へのダイブ

「ダイブ・シーケンス開始。バイタル、安定しています。貴島先生、準備完了です」


三十代後半のベテラン看護師、寺西真理子の落ち着いた声が室内に響く。彼女は脳を侵されている患者の極限まで不安定なバイタルを、神業のような薬剤調整で繋ぎ止めている。


「よし。――ダイブ」


NLSニューラル・リンク・スキンに包まれた三人が、光の速度で患者の脳内へと射出された。

そこは、第十三班が見る「血管の道」ではない。

無数の神経細胞ニューロンが放つ電気信号が、まるで銀河のようにきらめき、患者の「人生」そのものが抽象的なイメージとなって浮かび上がる、夢幻の世界。


『――来ます! 第一波、視覚野からの干渉!』


純子の叫びと共に、視界が歪んだ。

目の前に現れたのは、巨大なバルスの怪物ではなく、患者がかつて演奏会で失敗した時の「聴衆の冷たい視線」の実体化だった。それはオペレーターの脳に直接「劣等感」を流し込み、精神を崩壊させようとするバルスの罠。


「……惑わされるな。これはただの電気信号のバグだ」


貴島が冷静に指示を出す。


「森尾、アイギスを展開。聖域サンクチュアリを確保しろ。寺西君、セダティブ(鎮静剤)をコンマ二ミリグラム、スーツ経由で投与だ」


「了解。……アイギス・メンタルシールド!」


美和が盾を掲げると、周囲の「悪意」が霧散していく。その隙を突いて、純子がジャッジメントのトリガーを引いた。


「論理弾、装填。――ターゲット・パルス、正常化!」


放たれた弾丸が神経回路をジャックし、バルスによって歪められたイメージを、本来の整然とした「思考」へと書き換えていく。


3. 極小のバイス

「……見つけた。あれがコアね」


真希の視線の先、記憶の深淵に、バイオリンの弦に絡みつくような漆黒のバルスが鎮座していた。それは患者の「音楽への情熱」を食い荒らし、枯渇させようとする寄生種。


『日比野、チャンスは一度だ。バルスが患者の「核心」と完全に同化する前に、切り離せ』


貴島の声。真希はNLSの推進装置を最大まで吹かし、一陣の風となる。


「ハミングバード・ニードル……作動!」


彼女の持つ細いメスが、超高速振動を開始した。それは組織を傷つけることなく、バルスの結合部だけをピンポイントで「切断」するための繊細な刃。


シュンッ――!


あざやかな一閃。真希は、患者の「大切な記憶」という薄い膜の上で、癌細胞のように蔓延るバルスだけを完璧に削ぎ落とした。


「……オールクリア。回収リカバリに入ります」


真理子のモニター上で、美奈の脳波が穏やかなアルファ波へと戻っていくのが確認された。


4. 帰還、そして余韻

体外世界へと戻った三人は、汗を拭いながらポッドから這い出した。


「……お疲れ様。いいオペだったわ、真希。あのタイミングで切り離せるのは、あなたくらいよ」


真理子が労うと、真希は「純子さんのハッキングがあったからですよ」と照れくさそうに笑いった。


「バイタル、正常値で安定。貴島先生、これで彼はまた、バイオリンを弾けるようになりますね」


真理子がカルテに最後の記録を記入しながら、慈愛に満ちた表情で眠る患者を見つめた。

貴島は、眼鏡を直しながら静かに頷く。


「脳を救うということは、その人の『人生』を救うということだ。……だが、忘れるな。私たちの仕事は、患者の心に土足で踏み込むことでもある。その重みを、常に忘れてはならない」


第8班「サイコ・ダイバーズ」。

物理的な破壊よりも遥かに繊細で、深淵な領域。

彼らは今日も、人々の意識が交錯する脳という小宇宙の裏側で、静かにメスを研ぎ続けている。

それは、第13班が戦う「命」の物語とはまた別の、人間の「尊厳」を守るための孤独な闘いだった。

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