第5話:最前線の中の生活感
「ここが、あかりさんの専用ポッド。そしてあっちが装備ラックよ」
沙也加の案内を受けながら、あかりは目を丸くして予備ルームを見渡した。
最新鋭の粒子加速器と直結したダイブ・ポッドが三基、静かに銀色の光を放っている。壁面には巨大なホログラム・ディスプレイが並び、現在は待機状態を示す穏やかなブルーの光が室内を照らしていた。
設備自体は、訓練学校で見たものよりも最新型の超高性能機だ。しかし……。
「……あの、沙也加さん。あそこにあるのは、もしかして」
「ああ、美穂さんの私物のカクタス(サボテン)ね。緑があると落ち着くからって」
本来、塵一つ許されないはずの精密機器の横に、可愛らしい植木鉢が置かれている。さらに視線を転じると、美穂と結衣がくつろいでいたティーテーブルの傍らには、レースの編み物が掛けられたカゴがあり、その中にはあかりが持ってきたプロテインシェイカーが「花瓶」と間違われたのか、いつの間にかおしゃれな造花と共に飾られていた。
「あの……私のプロテインがインテリアに……」
「ごめんなさい。美穂さん、形が面白いからって気に入っちゃって」
沙也加は苦笑しながら、脇に抱えた分厚いマニュアルのページを捲った。
「生活感がありすぎるのは否定しないけれど、ここでのオペレーションは精神的な消耗が激しいの。凪先生の『だらけ癖』も、ある種のリラックス法だと思って……」
その時だった。
「――っ!?」
耳を突き刺すような、鋭く、それでいて重厚な電子音が室内に爆ぜた。
待機状態だったブルーのホログラムが一瞬で「鮮血」のような赤に染まり、警告の文字が高速でスロットのように回り始める。
【CODE: BARBARUS ― EMERGENCY DIVE CALL】
「アラート!? まさか、もう……!」
あかりの心臓が、跳ね馬のように脈打ち始めた。
先ほどまでおっとりと微笑んでいた美穂が、音もなく立ち上がる。その瞳からは「ゆるふわ」な空気は消え、冷徹なプロの輝きが宿っていた。結衣も即座にコンソールへ飛びつき、メインモニターに患者のバイタルデータを叩き出す。
「第13班、オペ要請です! 搬送されてきたのは20代男性。バルスによる急性の呼吸不全、意識不明。侵食速度が異常に速い……これ、クラスターかもしれません!」
結衣の叫びが、静まり返っていた部屋の空気を一変させた。
「……ふぁあ。……ようやく、いい夢が見られそうだったのに」
簡易ベッドから、のそりと「天才」が起き上がる。
凪宗一郎は、食べかけの羊羹を無造作に口へ放り込むと、寝癖頭のままメインコンソールの「玉座」へと歩み寄った。その指先がキーボードに触れた瞬間、何十枚ものウィンドウが彼の周囲に狂気的な速度で展開される。
「全員、配置に付け。新人、プロテインの心配をしている時間は終わりだ」
凪の低い声が、部屋の空気を支配した。
「地獄の底から、患者の魂を釣り上げに行くぞ」
あかりは、震える手で自分のスーツの胸元を握りしめた。
扉の向こう、廊下を走る無数の足音と、不吉に鳴り続ける警報音。
第13班、初めての「オペレーション」が、今まさに幕を開けようとしていた。




