第54話 結衣の決意
第1班との合同訓練を終え、オペレーションルームに戻ってきたあかりたちは、泥のように疲れ果てていた。
「……最強、か」
沙也加が呟き、痛む右腕をさする。
氷室礼たちの圧倒的な技量は、第13班に自分たちの「現在地」を突きつけた。静香の意志を継ぎたいという願い。しかし、それだけでは届かない絶対的な壁。
その3人の背中を、コンソールの前で静かに見つめる瞳があった。
看護師、結衣。
彼女には、あかりたちのような「同調因子」はない。ダイブ・ポッドを使って患者の体内という戦場に立つことは、彼女の肉体には許されていない。
(私に、何ができるんだろう……)
結衣は、モニターに並ぶ膨大なバイタルデータを見つめた。
凪の隣で、指示に従い薬液を調合し、数値を読み上げる。それは看護師として正しい職務だ。だが、あかりたちが極限の戦いの中で流す冷や汗や、恐怖で乱れる心拍を一番近くで「見て」いるのは自分だ。
「先生……少し、いいですか」
結衣は、ベッドで目を閉じていた凪に声をかけた。
「なんだ。新型の羊羹でも見つけたか」
「いえ、そうじゃなくて……。オペレーターの精神波形のことです。これまでは、閾値を超えたらアラートを出すだけでしたけど、それじゃ遅いんです」
結衣は、自分が密かにまとめていたノートを凪の前に置いた。そこには、過去数十回のオペにおける、あかりたちの「感情の揺れ」と、それに対応する「バルスの反応」が克密に記録されていた。
「バルスは、オペレーターの恐怖や焦燥を『ノイズ』として感知して、そこを突いてきます。でも、その直前……ほんの数秒だけ、心拍計には出ない『予兆』があるんです。視線の震え、あるいは無意識の呼吸の浅さ……」
凪が薄目を開け、ノートを手に取った。
「……俯瞰して見ているからこそ気づく、現場の『歪み』か」
「はい。私は直接戦えません。でも、戦っている彼女たちが自分でも気づかない『心の隙間』を、モニター越しに先回りして埋めることはできるはずです。看護師として、彼女たちの精神のバイタルを……バルスに悟られる前に『調律』したいんです」
結衣の提案は、非戦闘員としての限界を認めた上での、執念に近い模索だった。
「……ふん。勝手にしろ。ただし、お前の『調律』が外れてガキ共がパニックになっても、俺は知らんぞ」
凪はそう吐き捨ててノートを投げ返したが、その言葉は結衣にとって、最高級の許可証だった。
「ありがとうございます、先生!」
結衣は即座に自分の端末に向かった。
彼女が開発しようとしているのは、オペレーターの脳波と心拍を解析し、バルスが攻撃を仕掛ける「隙」が生まれる前に、ダイブ・スーツの神経安定剤をコンマ数ミリグラム単位で自動投与、あるいはノイズを打ち消す周波数を送り込む支援システム。
「沙也加さん、美穂さん……。あかりちゃん。次は、私が守ります」
コンソールの青白い光に照らされた結衣の顔は、いつもの穏やかな看護師のそれではなく、戦場を支配する「第五の戦士」の決意に満ちていた。
その頃、凪のメインモニターには、一つの解析結果が弾き出されていた。
東京湾沿岸の廃工場地帯。そこから発せられるバルスの共鳴反応が、これまでの「個体」としての記録を無視し、一つの巨大な「意識」へと統合されつつある。
「……小康状態は終わりだ。チェックメイトを仕掛けてくるのは、どっちが先かな」
凪は、結衣が書き換えた最新の支援プログラムを、無言で全システムに同期させた。




