第52話 激突、白銀の閃光
微細医療局のトレーニングルーム。
ドーム状の空間には、ダイブ・ポッドのシミュレーターが六基、円状に並べられていた。
「いい、みんな。実力者揃いの第三班が相手だからって、縮こまってたら一瞬で細切れにされるわよ。私たちがやってきたことを信じて」
沙也加の言葉に、あかりと美穂は頷いた。
「はい。精一杯やりましょう」
対峙する第3班の実質リーダー、藤堂エリカはダイブ・スーツのグローブを締め直し、不敵に口角を上げた。
「あら、随分と神妙な面持ちね。その落ち着きが、ただの『諦め』でないことを祈っているわ。ダイブ・エントリー!」
3人の意識は、激しい加速感と共にシミュレーション空間へと転送された。
ステージは、巨大な大動脈が複雑に絡み合い、カルシウムの沈着がまるで廃墟のビルのようにそびえ立つまさに「血管の廃都」。
「第3班、展開! ターゲットは沙也加、一点集中よ!」
エリカの号令と共に、彼女の両手に装備された専用の医療装備『デュアル・レイピア』が、銀色の残光を引いて加速する。
第三班の強みは、その圧倒的な「機動力」と「手数」だ。エリカは血管の壁を蹴り、物理法則を無視した弾道的な軌道で沙也加の懐へと飛び込んだ。
「逃がさないわよ!」
「……させない。アイギス・リフレクション!」
美穂が叫び、盾を地面に叩きつける。瞬時に展開された多重防壁が、エリカの突進を受け止めた。
――キィィィィィィィン!
激しい火花。
しかし、美穂は後退しない。盾の表面に流れるナノマシンの極性を反転させ、エリカの衝撃をそのまま「反射波」として解き放つ。
「何っ……!? 盾を弾き返した!?」
体勢を崩したエリカ。その一瞬の隙を、あかりの『ハミング・ソナー』が見逃さなかった。
「沙也加さん、三時方向! 障害物の裏に潜伏中の二番機、位置特定!」
「了解」
沙也加は、かつてないほどの静寂の中にいた。
エリカの罵倒も、美穂が受ける衝撃音も、今の彼女には遠い世界の出来事のように感じられた。
脳内には、静香がかつて見つめていたであろう「救うべき命」の重みと、凪に叩き込まれた論理的な狙撃シークエンスだけが流れている。
(吸って、止めて。……私は、銃身そのものになる)
沙也加は遮蔽物から身を乗り出すことなく、ジャッジメントのバレルを僅かに動かした。
彼女が見ているのは「敵」ではない。ハミング・ソナーが描いた「構造の脆弱点」だ。
――ドォォォォォン!
重厚な発射音と共に放たれたロジック弾は、血管壁の隙間を縫うようにカーブを描き、遮蔽物の影にいた第3班の随伴機を一撃で「無力化」させた。
「嘘でしょ……!? 目視もせずに当てたっていうの!?」
エリカの叫び。しかし、沙也加の追撃は止まらない。彼女は呼吸を乱すことなく、次弾を装填する。その動きには、以前のような「焦り」も「勝ち誇り」もなかった。ただ、確実に標的を仕留めるという、純粋な「意志」だけが宿っていた。
「ふざけないで! 私が……この藤堂エリカが、13班なんかに!」
プライドを傷つけられたエリカが、限界を超えた機動で空中を舞う。二本のレイピアが暴風のような連撃となり、美穂のシールドを削り取っていく。
だが、第13班の連携は崩れなかった。
あかりがハミングバードで空間を叩き、超振動でエリカのレイピアの同調を乱す。
美穂がその隙を突いてアイギスで間合いを詰め、エリカの退路を断つ。
そして、最後に待っているのは、死神のような精度で標的を捕捉し続ける沙也加の銃口だ。
「……チェックメイトよ、エリカ」
沙也加の静かな声と共に、最後の一撃が放たれた。
弾丸はエリカの胸部装甲、そのナノコアを正確に撃ち抜き、仮想空間における「活動限界」を告げるアラートを鳴り響かせた。
ポッドが開き、現実世界へと戻った六人。
トレーニングルームには、激しい運動後の熱気と、奇妙な静寂が漂っていた。
エリカは肩で息をしながら、呆然と自分の手を見つめていた。完敗だった。技術や装備の差ではない。戦うことへの「覚悟」の深さが、わずか数週間で決定的に変わっていた。
「……アンタ、何があったのよ」
エリカが、絞り出すように言った。
「その落ち着き……。前までのアンタは、私に負けることを何より恐れていたはずよ。でも今は……私なんて、最初から見ていなかったみたい」
沙也加は、流れる汗を拭い、部屋の隅にある静香の遺影スペースに一度視線を送った。
「……見ていたわよ。あなたの執念は、本当に凄まじかった。でも、私にはもう……負けられない理由があるの。私自身のプライドよりも、ずっと重くて、大切な理由が」
エリカはフンと鼻を鳴らしたが、その瞳には悔しさだけではない、ライバルへの敬意が混じっていた。
「……次は、こうはいかないわよ。第3班も、今回のデータを元に死ぬ気でアップデートしてあげるわ」
「ふん、電気代の無駄ではなかったようだな」
モニター越しに戦いを見守っていた凪が、珍しく、僅かに口角を上げて毒を吐いた。
「沙也加、三機目への狙撃はコンマ一秒遅い。エリカ、お前の機動は華美すぎてエネルギーの無駄だ。……全員、今のデータを一秒以内に読み込め。明日は、いよいよ本物の『化け物』が相手だぞ」
凪の言葉に、第13班の3人は背筋を伸ばした。
エリカとの激闘を経て、彼女たちの刃はより鋭く、盾はより堅牢に、そして瞳はより澄んだものへと変わっていた。
次は、最強の第1班。氷室礼との邂逅が待っている。




