第51話 好敵手、再び
微細医療局の長い回廊に、靴の鋭い音が響き渡る。
その音の主は、迷いのない足取りで第13班のオペレーションルームへと向かっていた。
「……最近の第13班は、どうも気味が悪いほど静かだと思えば。トレーニングルームを独占して、連日連夜、異常な負荷の訓練に明け暮れているそうじゃない?」
オペレーションルームのドアが勢いよく開き、高圧的な、しかし鈴を転がすような透明感のある声が室内に響いた。
そこに立っていたのは、見事な縦ロールの髪を揺らし、仕立ての良い特注の訓練服を完璧に着こなした女性――第3班所属、藤堂エリカであった。
彼女は第13班のメンバーを見渡すと、不遜な笑みを浮かべて、手に持っていた電子タブレットをコンソールの上に叩きつけるように置いた。
「これを受け取りなさい、沙也加。第3班から第13班への、公式合同訓練の申請書……いいえ、『挑戦状』よ」
「エリカ……。相変わらず、ノックという概念を知らないのね」
沙也加は、愛銃『ジャッジメント』のバレルクリーニングを行っていた手を止め、深く、重いため息をついた。その瞳には、かつての刺々しさは消え、深い湖のような静謐さが宿っている。その変化に、エリカは一瞬だけ眉をひそめた。
「あら、同期のよしみで様子を見に来てあげたのよ? 訓練学校時代、万年二位だったあなたが、何やら怪しげな『特訓』で実力を底上げしているなんて噂を聞いては、黙っていられないわ。技術局を脅迫してまで作らせたという新型の擲弾……その威力、私の『デュアル・レイピア』で叩き折ってあげるわ」
「エリカ、あなたは第3班のリーダーではないはずでしょう。リーダーの許可は取ったの?」
沙也加の至極真っ当な指摘に、エリカはフンと鼻を鳴らした。
「リーダーなら、『藤堂さんがそこまで言うなら……』って、遠い目をしながらハンコを押してくれたわ。私の情熱に気圧されたのでしょうね、当然だわ!」
(それはただ、断るのが面倒で押し切られただけじゃないの……?)
美穂が隣で引きつった笑いを浮かべ、あかりも「エリカさんは相変わらずですね」と苦笑している。
しかし、エリカの放つプレッシャーは冗談で済まされるものではなかった。彼女は傲慢ではあるが、その実力は本物だ。精密機動と手数の多さにおいて、第3班のエリカは同期の中でも群を抜いている。
「……いいわ、受けましょう」
沙也加は静かに立ち上がり、ジャッジメントを背負った。
「ちょうど、新しく構築した呼吸法と狙撃シークエンスを、対人戦で試したいと思っていたところよ。シミュレーターの仮想バルス相手では、敵の『迷い』や『執着』までは再現できないから」
「……へえ。言うようになったじゃない」
エリカは目を細め、好戦的な光を宿した。彼女は直感的に気づいていた。目の前のライバルが、自分には見えない「何か」を見つめていることに。その正体を知るには、刃を交えるのが一番早い。
「そうこなくっちゃ! 日時は明日の午前十時、トレーニングルーム。緊急オペでも入らない限りは絶対よ。手加減なんてしたら、その薄汚れたライフルごとスクラップにしてあげるから!」
エリカはそれだけ言い残すと、嵐のように去っていった。
「……ふん、相変わらず騒々しい女だ。姉貴の追悼スペースが埃を被るだろうが」
ベッドに寝そべったまま、一連のやり取りを黙って見ていた凪が、ようやく口を開いた。しかし、その手元の端末には、既に第三班との合同訓練用プログラムの構成案が表示されている。
「沙也加。あのアホ面のお嬢様は、お前が今取り組んでいる『無我の境地』とは対極にある、執念とプライドの塊だ。……お前が姉貴の影を追ってどこまで高く飛べるか、あの『現実の重み』を体現したような女に叩き落とされてみるのも、いい薬だろうよ」
「……わかっています、先生。彼女の攻撃は、私の一瞬の妥協も許してはくれない。だからこそ、試す価値があるんです」
沙也加の指先が、ジャッジメントの冷たい金属に触れる。
静香への祈りと、ライバルへの闘志。相反する二つの感情が、彼女の中で鋭い「牙」へと研ぎ澄まされていった。
一方、看護師の結衣は、去りゆくエリカの後ろ姿を見送りながら、自分の端末に表示された「精神同調モニター」の数値を静かに書き換えていた。
(……沙也加さんの波形が、エリカさんの挑発を受けても全く乱れていない。これが、静香さんの真実を知った強さ……。私も、この静かな熱量に置いていかれないようにしなきゃ)
小康状態の終わりを予感させる、熱い火花が散り始めていた。




