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ミクロダイブ・エマージェンシー~第13微細医療班の処方箋~  作者: 白黒鯛
第7章 磨穿の輝き

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第50話 治療装備との対話

NBRC附属病院の地下4階、微細医療局のフロアにあるトレーニングルーム。


かつての「凪総合病院」跡で知ったミクロダイブと微細医療の凄惨な始まりは、第13班のオペレーターたちの日常を塗り替えていた。

ここ最近小康状態にあるバルスの発生状況とは裏腹に、3人のオペレーターたちの魂は、未だかつてないほど激しく燃焼していた。

彼女たちが今力を入れているのは、それぞれの「治療装備」のスキル向上だった。ちなみに、微細医療の対バルス装備は実質的に武器なのだが、あくまでも医療器具という扱いのため治療装備というのが公式の呼称になっている。


シミュレーターのポッドが、微かな駆動音と共にハッチを閉ざす。現実の肉体はカプセルに横たわりながらも、彼女たちの意識は「全感覚同期フルダイブ」によって、無機質な仮想空間へと射出されていた。


美穂が仮想空間で対峙していたのは、四方八方から飛来する無数の敵性弾体プログラム・バルスだった。彼女の腕に装着された重厚な盾『アイギス』が、重低音を響かせて展開する。


「……右、上、後方。計算、完了。アイギス・バースト、多重展開!」


美穂の視界には、着弾予測ベクトルが網の目のように表示されている。これまでの彼女は、ただ「守る」ことに必死だった。しかし、静香の最期を知った今の彼女は違う。犠牲を前提とした盾ではなく、誰も傷つけさせないための絶対的な防壁。

美穂は盾の表面に流れるナノマシンの極性を、瞬時に「反発リパルジョン」へと切り替えた。


――ゴォォォォォン!


激しい衝撃波。敵の攻撃を受け止めるだけでなく、そのエネルギーを倍にして弾き返す「リフレクティブ・シールド」。腕に伝わる擬似的な反動に耐えながら、美穂の瞳には守護者としての誇りが宿っていた。


「私が崩れなければ、誰も死なない。……絶対に」


一方、静寂が支配する狙撃訓練ステージ。

沙也加は長大なライフル『ジャッジメント』を構え、目の前の標的を見据えていた。

彼女が追求していたのは、これからの対バルス戦の切り札になるであろう対甲擲弾を、いかに肉体への負荷を最小限にして放つかという極限の効率化だった。


「吸って、止めて、意識を銃身に溶かす……」


ジャッジメントのバレルは、沙也加の神経系と直結している。彼女は凪から教わった「論理的呼吸法」を実践していた。思考を削ぎ落とし、脳の処理能力の九割を弾道計算に回す。心拍数は1分間に40回。まるで機械のような静謐さ。


――シュンッ!


放たれた一撃は、標的の核を寸分違わず貫いた。


「……まだ、遅い。あとコンマ二秒、引き金を引くまでの決断を早められるはず」


沙也加は額に浮かぶ汗を拭いもせず、次弾を装填する。彼女にとってジャッジメントは、もはや武器ではない。理不尽な死という運命を、自らの意志で撃ち抜くための「天秤」なのだ。


そして、3人のなかで最も異質な訓練を行っていたのはあかりだった。

彼女はシミュレーターの設定を「視覚情報の遮断」という過酷なモードに書き換えていた。暗闇の中、彼女の手にある『ハミングバード』だけが、微かな黄金色の燐光を放っている。


「……聞こえる。バルスが空気を震わせる音が」


あかりが求めていたのは、超振動ブレード『ハミングバード』を「感覚器官」へと昇華させることだった。彼女は剣を振るのではなく、空間そのものを「叩いて」いた。超高周波の振動を周囲に放射し、その跳ね返りによって敵の配置、密度、さらには内部構造までもを瞬時に把握する「ハミング・ソナー」。

闇の中から襲いかかる仮想バルスの触手。あかりは目を開けることなく、最小限の動きでそれを両断した。


「斬る前に、わかる……。ここが、一番脆い場所ツボなんだ」


金沢で学んだ「静謐な技術」が、静香という存在を知ったことで、より深い慈愛を帯びた「慈悲の一撃」へと進化を遂げていた。


訓練を終え、ポッドから這い出した3人の顔には、隠しようのない疲労が刻まれていた。


「みんな、お疲れ様。……少し、無理しすぎてない?」


トレーニングルームから3人が戻ってきてコンソールから顔を上げた結衣が、心配そうにタオルを差し出す。


「大丈夫です、結衣さん。……強くなりたいんです。いつか来る、本当の『敵』に負けないように」


あかりの言葉に、沙也加と美穂も無言で頷いた。


「ふん、相変わらず暑苦しいな。電気代の無駄だと言っているだろうが」


ベッドに寝そべったまま、凪がタブレットの画面から視線を外さずに毒を吐く。しかし、彼のモニターには、3人の成長を示す異常なほど高いシンクロ率のグラフが表示されていた。

凪は、誰にも見られないように小さく鼻を鳴らす。

今の小康状態は、バルスが人類を試している「猶予」に過ぎない。凪にはわかっていた。この静寂の裏で、宿主の免疫系を逆手に取るような、想像を絶する「悪意ある進化」が胎動していることを。


「……急げよ、ガキ共。時間は、俺たちが思っているより残されていないぞ」


凪の独り言は、装置の駆動音に掻き消された。

静かなオペレーションルーム。だが、そこには嵐を前にして己を研ぎ澄ます、3人の戦士たちの熱気が渦巻いている。

そんな彼女たちを見守るように、オペレーションルームの隅、静香の遺影の前に置かれた「押し花」が、照明を反射して静かに輝いていた。

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