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ミクロダイブ・エマージェンシー~第13微細医療班の処方箋~  作者: 白黒鯛
第6章 深淵の揺り籠

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外伝 鉄錆と生命の境界線(デッドライン)

国立バルス研究センター附属病院の地下5階。

病院施設の最下層、そこには地上の一般病棟とは無縁の、病院には似つかわしくない油とオゾンの匂いが立ち込める「微細医療局整備課」のハンガーが広がっていた。


医療であって医療ではない微細医療。バルスとの戦いに欠かせないミクロダイブ・システムとオペレーター装備の整備を担っている縁の下の力持ちというべきセクションだ。


「……また、NLSニューラル・リンク・スキンの右肩に損傷。あかりちゃん、ハミングバードの振り抜きが鋭すぎて、スーツの追従速度が限界を超えてる」


整備課唯一の女性エンジニアである真壁純奈は、作業用ゴーグルを跳ね上げ、目の前のモニターに表示された損傷ログを見て吐き出した。

彼女の手には、ナノマシン用のはんだごてと、高密度シリコンのパッチが握られている。


純奈が現在メンテナンスしているのは、ミクロダイブの生命線、『ニューラル・リンク・スキン(NLS)』だ。彼女の横には、まだ若い新人エンジニアがついている。


「これは単なる防護スーツじゃない。患者の免疫系を欺く『嘘の鎧』よ」


純奈は、スーツの表面に施された免疫擬態システムの出力値を調整する。

縮小化したオペレーターが患者の体内で白血球やマクロファージに「異物」として認識されないよう、NLSは常に患者の生体データを薄膜展開し、自分たちを「味方」だと偽装し続けなければならないのだ。


「バイタル・コントローラーの同期もコンマ数秒ズレてるわね……」


脊髄部分にあるダイレクト・ニューラル・コネクト。オペレーターの脳に直接接続し、体内の圧力や温度を「感覚」としてフィードバックするこの端子は、一歩間違えれば着用者の脳を焼き切る猛毒になるのだ。

そして何より恐ろしいのが、「60分」という代謝限界。


「60分を過ぎれば、このスーツはただの不純物ゴミになる。擬態が解け、彼女たちは自分たちが救おうとした患者の免疫系に、文字通り『消化』されることになるのよ。それを防ぐのが、私たちの責任であり意地よ」


ハンガーの作業机には、第13班から預かった「牙」たちが並んでいた。

まずは、あかりの愛剣、高周波酵素ブレード『ハミングバード』。

純奈が起動スイッチを入れると、刀身が目にも止まらぬ速さで微振動を始め、耳障りな高音――まさにハチどりの羽ばたきのような音を奏でた。


「バルスの細胞壁は硬い。物理的に粉砕するだけじゃ足りないから、このタンクに特製分解酵素を充填する。……あかり、あんまり無茶な斬り方しないでよね。酵素の消費量が計算に合わないわ」


その隣には、沙也加の長距離ハッキングライフル『ジャッジメント』。

これは物理的な破壊ではなく、情報の改竄を行うための銃だ。


「物理弾じゃない。撃ち出すのは『論理弾ロジック・バレット』。バルスの神経系にウイルスを流し込んでジャックする。このバレルが0.01ミリでも歪めば、ハッキングは失敗して暴走を招くわ」


そして、美穂の複合展開式シールド『アイギス』。

巨大な盾の中には、広域殲滅音響兵器が組み込まれている。


「普段はナノマシンの多重積層でバルスの腐食液を防ぐけど……『エリア・デストロイモード』を使う時は、この共鳴スピーカーが命。バルスの固有周波数に合わせて空間を震わせ、細胞レベルで消し飛ばす。……でも、美穂ちゃん。この出力、アイギス本体の回路を焼き切る一歩手前なのよ」


新人に説明をしながら預けられた装備を一つ一つチェックして整備をする純奈。


そこへ第13班のオペレーター3人が、出撃前の装備チェックにハンガーを訪れた。


「純奈さん! メンテナンス、終わりましたか?」


「あかりちゃん……。ハミングバードの酵素タンク、増設しておいたわよ。それから美穂ちゃん、アイギスの過負荷リミッターを3%だけ引き上げた。……その代わり、60分の限界を1秒でも過ぎたら、スーツの維持は保証できないからね」


純奈はぶっきらぼうに告げるが、その瞳には彼女たちの無事を願う執念が宿っていまる。


「わかってます、純奈さん。私たちの命を預けてるんですから」


沙也加がジャッジメントを手に取り、その重心の完璧な調整に、微かな、しかし確かな信頼の微笑みを浮かた。


「……ふん、ならさっさと行ってきなさい。壊れたらまた直してやるから」


これから第13班がミクロの世界へダイブする。


純奈は整備課フロアに設置されたモニターの前に座り、リーダー沙也加のバイザーに据え付けられたカメラでリアルタイムに映し出されるオペレーションの様子と、刻一刻と刻まれる「60分」のカウントダウンを見つめた。


「……私の整備したスーツが負けるわけないでしょ。バルスごとき、ドロドロに溶かしてきなさい」


整備課の朝は、まだ始まったばかり。

鉄錆と油にまみれた彼女の指先が、今日も「命を救うための道具」を極限まで研ぎ澄ましていく。

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