第49話 祈りの拠点
廃病院で真実を知った翌日。
第13班のオペレーションルームは、かつてない沈黙に包まれていた。
最新鋭のホログラムが明滅し、高度な演算装置が微かな駆動音を立てるこの空間は、あまりに清潔で、あまりに機能的だ。しかし、あかりたちの脳裏には、あの埃っぽい地下室で見た「真実」の残像がこびりついて離れなかった。
凪は、自席のベッドに無造作に身を投げ出すと、天井を睨みつけながら言った。
「……気づいているだろうが、国立バルス研究センターの公式記録には、親父と姉貴の名は一切出てこない。微細医療の歴史は、『世界中の研究者による共同開発』という、綺麗にパッケージ化された嘘で塗り固められている」
「……どうして、ですか」
あかりの問いに、凪は鼻で笑った。
「親父の遺言だ。あいつは、姉貴を歴史の生贄にしたくなかったんだろう。あるいは、自分の犯した罪を、公的な栄誉という形で赦されたくなかったのか……。姉貴の名は、公的なデータベースからは完全に消去されている。彼女は、この医学が完成するための、名もなき『礎』として処理されたんだ」
その言葉は、あかりたちの胸に鋭い痛みをもたらした。
人類を救う礎になった真の英雄が、歴史の闇に葬られ、誰にも知られずに忘れ去られていく。そんなことは、あまりに悲しすぎる。
「先生……」
沙也加が、決然とした表情で一歩前に出た。
「病院の『殉職者追悼室』に、静香さんの遺影を掲げることはできませんか? 彼女は、誰よりも立派に患者を救い、職務を全うしたはずです」
凪は視線だけを沙也加に向け、冷淡に首を振った。
「無理だな。あそこは病院の『職員』として殉職した者のための場所だ。姉貴は記録にも残っていないただの部外者だ。管理局が遺影を許可するはずがない」
「そんな……!」
美穂が悲しげに声を上げる。
組織内に設けられた規則の壁。それは時に、どんなバルスよりも強固で冷酷だった。
「……だったら」
あかりが、部屋の隅にある空いたスペースを見つめて言った。
「この部屋に作りましょう。私たちの、私たちだけの場所に」
それから数日後、第13班のオペレーションルームの北側の壁際に、小さな、けれど温かみのあるスペースが完成した。
無機質なメタルのデスクの上に、白い布が敷かれ、そこには凪静香の遺影が置かれている。あかりが金沢で見つけてきた小さな花瓶には、季節の花が絶えることなく供えられた。
そして、その中心には。
あの日、地下室で見つけた「押し花」を、結衣が最新の保存技術で美しく額装したレプリカが置かれている。
『お姉ちゃんありがとう』
幼い氷室礼が綴ったその言葉は、今や第13班全員の、心の底からの感謝と祈りになっていた。
「……ふん、物好きだな。仕事の邪魔にだけはするなよ」
凪は相変わらずの毒舌を吐きながらも、そのスペースに飾る静香の写真をあかりたちに提供していたし、オペレーションルームに入る際に必ず一度、その遺影の前で足を止めるようになった。彼が何を念じているのか、それは誰にもわからない。
「静香さん。見ていてください」
あかりは、遺影の中の少女に向かって、心の中で語りかけた。
「あなたが守りたかったこの技術を、私たちはもっと強く、もっと確かなものにします。誰も、あなたのような悲しい思いをしなくて済むように」
祈りの拠点ができたことで、第13班の空気は変わった。
それは、単なる「業務」から、意志を継ぐ者たちの「使命」への変化。
嵐の前の静かな小康状態の中、彼女たちはそれぞれの武器を手に、さらなる高みを目指して動き出す。




