第4話:第13微細医療班始動
「……というわけで。今日、4月1日付で私たち『第13微細医療班』は正式に発足しました」
沙也加の凛とした声が、オペレーションルームに響いた。
売店から戻ってきたあかりは、まだ制服に着替える前のスーツ姿で、期待と緊張を込めて背筋を伸ばしている。美穂と結衣も、ティーカップを置いて、リーダーの言葉に耳を傾けていた。
「そこで、責任者であるドクターから、今後の指針について訓示をいただくべきだと思うのですが……。凪先生?」
沙也加が、再び簡易ベッドへと視線を投げた。
そこでは、先ほど一度起きたはずの凪が、再び白衣を頭まで被り、ミノムシのように丸まっている。
「……先生。聞こえていますか? 天宮さんも入って、今日から正式に私たちの班が動くんです。班の責任者として、一言お願いします」
沙也加が粘り強く声をかけると、白衣の中から「……あー、うるさい」と、くぐもった声が返ってきた。
「指針だの訓示だの、そんなものはマニュアルと一緒にゴミ箱に捨てておけ。だいたい、この班の現場責任者はお前だろ、沙也加。適当にもっともらしいこと言っとけ」
「それはそうですが……組織上の責任者は先生じゃないですか。あかりさんも、先生の言葉を待っています」
凪は、のろのろと白衣から顔を出すと、ひどく面倒くさそうにあかりを一瞥した。
「一言……? そうだな。……死ぬな。以上だ。私は寝る」
「ええっ、それだけですか!?」
あかりが思わず声を上げると、凪は枕元の羊羹を手に取り、無造作にあかりの方へ放り投げた。あかりはそれを野生的な反射神経でキャッチする。
「お前にやる。糖分を摂って、少しは脳を働かせろ。……いいか、新人。外の連中は『1から12』までの、完成された歯車だ。だが、ここは新しい13番目。今日出来たばかりの空白だ。だからこそ、計算にないことも許される」
凪は、一度だけ真剣な、底知れない光を湛えた瞳であかりを見た。
「お前のその、無駄に熱い感情も、マニュアルを無視する直感も、ここではノイズじゃない。……好きに暴れろ。計算は私がしてやる。……あー、喋りすぎた。眠い」
そう言うと、彼は本当に寝息を立て始めた。
「……すみません、あかりさん。あんな人だけど、医師としての腕は確かなのよ」
沙也加が申し訳なさそうに肩をすくめる。
「さあ、私たちは私たちの仕事をしましょう。あかりさん、まずはダイブ・スーツのフィッティングからよ。私たちの仕事は、いつ来てもおかしくないんだから」
あかりは、手に持った羊羹を見つめたまま、呆然としていた。
防音扉の向こう側では、今この瞬間も、何十人ものスタッフが血眼になって走り回り、第1班から第12班までのエリートたちが、規律正しく、軍隊のような厳格さで命を繋いでいる。その「戦場」のすぐ隣に、こんなにも脱力し、個人の勝手な熱量だけで動いている場所があるなんて。
「……はい! よろしくお願いします!」
あかりは、手の中の羊羹をギュッと握りしめた。
地上の桜、地下の戦場、そしてこの奇妙な「13番目の部屋」。
めまぐるしく変わる環境に戸惑いながらも、あかりの胸の中には、凪の言った「死ぬな」という、あまりにも不器用で、かつ重い言葉が、小さな熱となって居座っていた。
「さあ、あかりちゃん。こっちへ。あなた専用の『ハミングバード』、磨いておいたわよ」
美穂の穏やかな笑顔に導かれ、あかりは一歩、自分たちの「居場所」へと踏み出した。




