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ミクロダイブ・エマージェンシー~第13微細医療班の処方箋~  作者: 白黒鯛
第6章 深淵の揺り籠

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第47話 遺されたメッセージ

「……話はこれでおしまいだ。さっさと帰るぞ。こんな湿気臭い場所に長居しても、カビが脳に回るだけだ」


凪は、いつもの冷徹なトーンでそう言い捨てると、四人に背を向けて階段へと歩き出した。その足取りは、まるで過去を無理やり振り切ろうとするかのように速い。


「先生……」


あかりは、凪の背中を呼び止めることができなかった。

沙也加は唇を噛み締め、美穂は結衣に支えられながら、力なく立ち上がった。

23年前の狂気、そして20年前の「奇跡」という名の残酷な別れ。自分たちが手にしている技術の正体を知った今、空気さえも重く、冷たく感じられた。

だが、部屋を出ようとしたその時。あかりの視線の端に、部屋の隅に置かれた古いデスクが映った。

それは、凪宗治のものではない。背が低く、小さな学習机を改造したような、静香が使っていたと思われる研究用デスク。


「……あ」


あかりは吸い寄せられるように、そのデスクへと歩み寄った。

厚く積もった埃の中に、そこだけが真空から取り出されたかのように、不自然に鮮やかな色が残っていた。

埃を被ったデスクの上に、そこだけ埃を払われてそれは置かれていた。


「これ……」


あかりが震える指でそれを手に取ると、透明なラミネートで保護された、一輪の押し花だった。

20年の歳月が流れているはずなのに、その花びらは、まるで時が止まったかのように淡い紫色の輝きを保っている。


「押し花……? 誰が……」


沙也加たちが覗き込む。押し花の台紙の隅には、幼い、けれど一生懸命に書かれた文字が記されていた。


『しずかお姉ちゃんへ。 いつもたすけてくれてありがとう。 お花をあげます。 こんどいっしょに、お外にあそびにいこうね。 ひむろれい』


「……っ」


結衣が思わず口元を押さえた。

それは、20年前のあの日、氷室礼が静香に渡すはずだったものだ。

オペが成功し、静香が笑顔でポッドから出てきたら、手渡そうとしていた感謝の印。

だが、静香が戻ることはなかった。

礼が目を覚ました時、そこにはもう、彼女を抱きしめてくれる大好きな「お姉ちゃん」はいなかったのだ。


デスクの横には、凪の手作業によるものだろうか、花を湿気から守るための防湿剤が何度も交換された跡があった。

毒舌で、冷酷で、人間味がないと言われた男が、20年もの間、この「届かなかった贈り物」を、姉の魂が宿る場所として守り続けてきたのだ。


「……あかり、何をしている。置いていくぞ」


階段の途中で足を止めた凪の声が響く。

あかりは、押し花をそっとデスクに戻した。その隣には、凪が今朝置いたのだろうか、一滴の雫のような跡が埃の上に残っていた。


「……行きましょう」


沙也加に促され、あかりは涙を拭い、一礼して部屋を後にした。


出口へ向かう廊下で、あかりは確信した。

凪宗一郎という男は、あの日からずっと、12歳の少年のまま、姉との約束を守り続けているのだと。

「生きて帰る」という、最高に難解なオペを、自分たちに強いることで。

地下室の扉が閉まる音が、弔鐘のように静かに響いた。

埃を被った押し花だけが、暗闇の中で、二人の少女が交わした永遠の約束を語り続けていた。

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