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ミクロダイブ・エマージェンシー~第13微細医療班の処方箋~  作者: 白黒鯛
第6章 深淵の揺り籠

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第46話 消滅と引き換えの生命

ダイブ・ポッドのハッチが閉じ、重厚な減圧音が地下室に響き渡る。

12歳の宗一郎は、コンソールの端を白くなるまで握りしめ、モニターに映し出される「姉の視界」を凝視していた。そこは幼い氷室礼の体内。紅い河が逆巻く血管の奥底で、静香を待ち受けていたのは、宇宙から来た「野蛮な異邦人」の牙だった。


「……バルス、視認。駆除を開始します」


スピーカーから流れる静香の声は、驚くほど冷静だった。

だが、そのバイタルデータは、ミクロ化した瞬間から危険域を指していた。

当時のダイブ・スーツは、現代の「バイタル・コントローラー」や「ダイレクト・ニューラル・コネクト」のような洗練された機能を持たない。宗治が急造した、剥き出しの回路が走る無機質な鎧。それが、静香の精神を磨り潰すようにして駆動していた。


「ああっ……!」


モニターの中で、黒い甲殻を持つバルスが静香に襲いかかる。静香は、右手に握ったプロトタイプのレーザーメスを起動した。

それは現在の微細医療兵装とは比較にならないほど出力が不安定で、使うたびに静香自身の神経を焼き焦がすような負荷を与える代物だった。だが、彼女は臆さなかった。


「させない……礼ちゃんの未来は、渡さない……っ!」


一閃。

高出力のレーザーがバルスの核を貫き、微細な塵へと変えていく。一つ、また一つ。静香の動きは、命を燃やす蝋燭の最後の輝きのように、神がかり的な冴えを見せていた。

父・宗治が狂気の中で組み上げた理論を、静香はその身を捧げて「完成された医学」へと昇華させていったのだ。

だが、最後の一匹を消滅させた瞬間。

静香を包んでいた試作型ダイブ・スーツの外部装甲が、耐熱限界を超えて砕け散った。


「静香! 離脱だ! 今すぐ強制離脱しろ!!」


宗治の悲鳴のような叫びが研究室に響く。しかし、ダイブ・コンソールは冷酷なエラーメッセージを吐き出し続けた。

ミクロ化を維持するための「同調因子シンクロファクター」を使い果たした静香の肉体は、もはや等身大へ戻るためのエネルギーを失っていた。それどころか、スーツの機能不全により、彼女を包んでいた「免疫擬態」が消失したのだ。


「……あ……ああ……」


モニター越しに、あかりたちは見た。

礼の体内の白血球やマクロファージたちが、異物と化した静香を排除しようと、四方八方から押し寄せてくる光景を。


「姉さん! 逃げて! 礼ちゃんの免疫が……礼ちゃんが姉さんを殺そうとしてるんだ!!」


宗一郎が泣き叫び、防弾ガラスを叩く。

しかし、激痛に顔を歪めていたはずの静香は、迫りくる免疫細胞の波を前にして、ふっと穏やかに微笑んだ。


「……いいのよ、宗ちゃん。見て……礼ちゃんの免疫は、こんなに力強く動いてる。……この子が、これからも、一生懸命に生きようとしている……その証だもの」


静香は、もはや感覚を失った腕をそっと伸ばし、自分を呑み込もうとする礼の血肉に触れた。


「受け入れるわ……。私の……私の欠片が、礼ちゃんの血になり、肉になり……この子が大人になるための、ささやかな礎になれるなら。……それは、最高に幸せな……お医者さんの仕事だもの」


光が、溢れた。

静香の肉体が、量子レベルで崩壊し、礼の体内へ溶け込んでいく。

それは「死亡」ではなかった。一人の少女が、もう一人の少女の一部として永遠に刻まれるための、残酷で美しい融合だった。

モニターの波形がフラットになる。

ミクロダイブ実用化という、人類史上最大の功績と引き換えに、凪宗一郎は最愛の姉を、凪宗治は愛娘を失った。

沈黙が支配する地下室で、唯一、心臓の鼓動だけが力強く響いていた。

それは、静香の命を飲み込み、死の淵から蘇った氷室礼の、新しい人生の鼓動だった。

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