第42話 星から来た野蛮人
埃の積もった地下への階段を下りるたび、空気は冷たく、重くなっていく。
凪が古い配電盤のレバーを力任せに引き下げると、湿った音を立てて蛍光灯が点滅し、地下の研究室が薄暗い光の中に浮かび上がった。
そこは、現代のNBRC附属病院の施設とは似ても似つかない場所だった。
型の古いモニターとワークステーション。そして壁一面に貼られた手書きのカルテと組織標本。
あかりは、並べられた古い機材から、かつてここで誰かが孤独な戦いを続けていた気配を感じ取った。
「今から30年前……。中央アジアの荒野に一つの隕石が落ちた。当初、それは世紀の発見として世間を騒がせた。人類が初めて手にする『宇宙由来の生命体』の可能性がある、とな」
凪は一台の古いプロジェクターを起動した。
白い壁に投影されたのは、ざらついた映像。クレーターの底で、科学者たちが防護服に身を包み、極小の断片を回収している様子だ。
「だが、歓喜はすぐに絶望に変わった。落下地点周辺の村で、見たこともない奇病が発生したんだ」
映像が切り替わる。そこに映し出されたのは、人間だったはずの「モノ」が、言葉を失い、獣のような咆哮を上げて周囲の生存者に襲いかかる姿だった。
「死ぬんじゃない。宿主の脳と神経系を乗っ取られ、ただ攻撃衝動だけに突き動かされる生ける屍……怪物に変貌する。当時の医療技術では、原因すら特定できなかった」
沙也加が息を呑む音が聞こえた。美穂は結衣の腕を強く握りしめている。彼女たちも微細医療に関わる身。バルス罹患者の末路は知っているし、実際に見たこともある。それでも、このバルバルス・デッドだけは絶対に見慣れるものではなかった。
「それから間もなくして……。ある一人の男性が、この病院に担ぎ込まれた。海外ーー例の隕石の落ちた国から帰国したばかりの商社員だった。彼は猛烈な高熱と幻覚を訴えていた。……診察したのは、俺の親父……凪宗治だ」
凪は一枚の顕微鏡写真を取り出した。現在の精緻な3Dグラフィックとは違う、粗い写真。そこには、細胞を侵食し、奇妙な多角形の構造体を形成する「何か」が写っていた。
「親父は、それが既知のウイルスでも細菌でも、あるいは人為的なナノマシンでもないことを見抜いた。それは意志を持っているかのように、宿主の免疫を嘲笑い、肉体を作り変えていた。親父は、その正体不明の物体をこう呼んだ」
凪は掠れた声で、その言葉を紡いだ。
「『バルバルス』。ラテン語で、野蛮、あるいは異邦人を意味する言葉だ」
「バルバルス……その命名者が先生のお父さん……」
学校の教本には書かれていなかった事実にあかりが呟く。凪は頷き、壁に掛けられた古い白衣を見つめた。
「ああ。バルスは病気じゃない。宇宙から飛来した、目に見えない侵略だ。親父は医師として、そして一人の科学者として、この野蛮な侵略者から人間を取り戻すための研究を始めた。それが……俺たち凪家と、バルスの十年以上に及ぶ血塗られた因縁の始まりだった」
凪の瞳に、憎しみとも哀しみともつかない鋭い色が宿る。
研究室の片隅には、まだ幼かった凪宗一郎が、父の背中を見ていたであろう小さな椅子が、寂しげに置かれていた




