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ミクロダイブ・エマージェンシー~第13微細医療班の処方箋~  作者: 白黒鯛
第6章 深淵の揺り籠

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第41話 廃病院の亡霊

激しいオペの余韻が残る、第13班のオペレーションルーム。

バイタルモニターの不規則な電子音だけが響く中、あかりはダイブ・スーツの襟元を緩め、深く椅子に身を沈めていた。視線の先では、先ほどまで戦っていた患者の体内画像が、静止画となってホログラムに浮かんでいる。


「……ねえ、沙也加さん」


あかりの唐突な呟きに、装備のメンテナンスをしていた沙也加が手を止めた。


「バルスって、結局なんなんでしょうね。それに、私たちが使っているこのミクロダイブ技術……。あまりにも完成されすぎていて、時々怖くなるんです。いつ、誰が、何のためにこんな魔法みたいな力を生み出したのかって」


沙也加は少し意外そうな顔をしたが、すぐに教官のような生真面目な表情を作って答えた。


「オペレーター訓練学校の教本、第一章にある通りよ。正式名称のバルバルスーー略してバルスは約30年前に確認された、生物でも機械でもない正体不明の極小物体。そしてミクロダイブ技術は、国立バルス研究センターを中心に、世界中の英知が結集して開発された対バルスの到達点……。それが公式の記録よ」


「……ふん」


冷ややかな鼻笑いが、部屋の隅から聞こえた。

ソファに寝そべり、羊羹の包み紙を指先で弄んでいた凪が、薄目を開けて彼女たちを見据えている。


「『世界中の英知』か。役人や御用学者が書く美辞麗句は、いつ聞いても虫唾が走るな。あかり、お前もそんな安っぽい作り話で満足できるほど、おめでたい頭はしていないだろう?」


「先生……。じゃあ、本当は違うんですか?」


凪は起き上がると、オペレーションルームに無数に置かれたモニターに視線を投げた。その瞳は、モニターに表示された情報ではなく、もっと遠く、時間の彼方にある何かを見つめているようだった。


「知りたいか。自分たちが何の上に乗って踊っているのか。……いいだろう。次の非番、予定を空けておけ。お前たちを『始まりの場所』へ連れて行ってやる」


数日後の休日。

凪が運転するワンボックスカーは、都心の喧騒を離れ、多摩地域の緑豊かな丘陵地帯へと進んでいた。

車窓を流れる景色が住宅街から鬱蒼とした雑草の茂る山道へと変わる頃、車は一台の錆びついた鉄門の前で止まった。


「ここ……ですか?」


美穂が不安げに声を漏らす。

目の前に広がるのは、生い茂る蔦に飲み込まれ、まるで巨大な墓標のように沈黙する廃病院の建物だった。ひび割れたコンクリートの壁には、かつて白かったであろうタイルの名残が虚しく張り付いている。

あかりたちは凪に促され、車を降りた。

湿った土の匂いと、腐敗した落葉の香りが鼻を突く。静寂を破るのは、遠くで鳴く鳥の声と、風に揺れる枯れ枝の軋み音だけだ。

門の脇に、半分倒れかけた木製の看板があった。長年の風雨に晒され、文字は今にも消えかかっている。しかし、そこには確かに、力強い筆致でこう記されていた。

『凪総合病院』


「先生の、名前……」


結衣が息を呑む。あかりは、隣に立つ凪の横顔を盗み見た。

いつもは冷徹で、他人を突き放すような彼の表情が、今はどこかひどく脆いものに見えた。


「ここは昔、俺の親父が経営していた病院だ。そして、日本人が初めてバルスという『野蛮な異邦人』に出会った戦場でもある」


凪は門に備え付けられたセキュリティ装置を解除すると、ポケットから鍵束を取り出して錆びついた玄関のチェーンを外した。

重い扉が悲鳴を上げて開き、中から冷え切った、死んだ空気があふれ出す。


「教科書に載っている綺麗な歴史なんてのはな、あかり。誰かの犠牲の上に塗り固められた嘘だ。……来い。深淵の底を見せてやる」


凪の背中を追って、四人は光の届かない暗い廊下へと足を踏み入れた。

そこは、第十三班が戦う現代の清潔なオペレーションルームとは対極にある、血と汗と、そして狂気にも似た執念が染み付いた、バルスと人類の「真実の原点」だった。

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