第40話 響け、鎮魂歌
「ターゲット、最終固定……」
沙也加の指先は、もはや感覚を失っていた。ジャッジメントのバレルから漏れ出す熱が、神経接続を通じて彼女の右腕を内側から焼き焦がすような錯覚を与える。
視界はノイズで埋め尽くされ、敵の核がどこにあるのかも判然としない。だが、真っ白な世界の中で、あかりが振り下ろしたハミングバードの残光だけが、鮮やかな黄金色の線となって「正解」を指し示していた。
「……いっけぇぇぇぇ!!」
あかりと美穂の絶叫と重なるように、沙也加が最後のリミッターを解除した。
――ゴォォォォォォンッ!!
五発目、最後の一片。
凪が執念で研磨し、結衣が祈りを込めた銀弾が、真空を切り裂くような衝撃波と共に放たれた。
それは、あかりが刻んだ光の道筋を寸分違わずトレースし、剥き出しになったバルスの核へと吸い込まれる。
一瞬の静寂。
次の瞬間、黒い城塞の深奥で、高周波の共鳴爆発が起きた。ダイヤモンドよりも硬かった甲殻が、内側から砂のように崩れ落ち、まばゆい光となって血管内を浄化していく。
「ターゲット……完全消滅……っ」
その言葉を最後に、沙也加の意識は深い闇へと沈んでいった。
「……はっ!?」
あかりが勢いよく目を開けると、そこは地下四階のダイブ・ポッドだった。
隣のカプセルでは、沙也加が激しく咳き込みながら、結衣と医療スタッフに抱えられている。
「沙也加さん! 先生、沙也加さんが!」
「騒ぐな。……フィードバックによる一時的な脳のオーバーヒートだ。精密検査は必要だが、命に別状はない」
凪はベッドに腰掛けたまま、いつもと変わらぬ手つきでタブレットを操作していた。だが、その画面に表示されていたのは、患者の術後経過が完璧な正常値に戻ったことを示す、緑色のグラフだった。
「……五発、すべて命中だ。技術局の連中も、これで少しはマシな夢が見られるだろうよ」
凪はそう吐き捨てると、椅子から立ち上がり、おもむろにオペレーションルームの隅にある冷蔵庫を開けた。
「結衣。……金沢のあの『あんころ餅』、どこへやった。糖分が足りん」
「えっ……あ、はい! 今すぐ出します! 先生、お疲れ様でした!」
結衣が涙を拭いながら、大切に保管していた土産の包みを広げる。
三日間の地獄、初めての敗走、そして命懸けの「五発」。
オペレーションルームに漂うのは、濃厚なお茶の香りと、どこか気の抜けたような、けれど確かな勝利の余韻だった。
あかりは、自分の手がまだ微かに震えているのを見つめた。
天才・凪宗一郎の無茶苦茶な背中。
その背中を支えるために、自分たちはまた一つ、自分たちだけの「強さ」を手に入れたのだ。
「先生」
あかりが呼びかけると、凪は餅を頬張ったまま、不機嫌そうに片眉を上げた。
「なんだ」
「……あのお餅、実は二箱買っておいたんです。一箱は、技術局の方たちに差し入れしてもいいですか?」
凪は一瞬、心底嫌そうな顔をしたが、すぐに鼻を鳴らして視線を逸らした。
「勝手にしろ。……ただし、あいつらが調子に乗ってまた手抜きをしたら、次はお前の給料から徴収するからな」
「ふふ、了解です!」
あかりの笑顔に、美穂と、ようやく意識がはっきりしてきた沙也加も、小さく、けれど晴れやかに微笑んだ。
不貫の要塞を撃ち抜いたのは、五発の銀弾だけではない。
それは、毒舌の裏に隠された執念と、それを信じ抜いた絆が奏でた、最高の鎮魂歌だった。




