第39話 一点突破
視界が開けた瞬間、あかりたちの鼻腔を襲ったのは、焦げた鉄の匂いと、粘りつくような死の気配だった。
三日前に敗走した時よりも、黒い城塞は肥大化していた。肺胞の奥深くに根を張り、血管を絞め殺すように脈動している。
「……来るわよ! 各員、衝撃に備えて!」
美穂の叫びと同時に、甲殻の表面から無数のドリル状触手が射出される。前回の比ではない物量。それはまるで、侵入者を絶対に許さないという「意志」を持った巨大な拒絶の壁だった。
「沙也加さん、準備は!?」
「……いつでも、いけるわ」
沙也加の背後で、重厚なジャッジメントのバレルが鈍く光る。擲弾ユニットは、まるでもう一つの心臓のように不気味な熱を帯びていた。
「よし! 美穂さんは沙也加さんの死角を! 私は道をこじ開ける!」
あかりはハミングバードを正眼に構え、超振動を最大出力で解放した。金沢で学んだ「丁寧な予備動作」をあえて捨て、肉体の限界を超えた神速の連撃を繰り出す。
「ハミング・ソナー……全開ッ!」
ハミングバードの残光が、黒い闇の中に一本の道を刻む。だが、敵も狂暴化し、美穂のシールド「アイギス」を四方八方から叩きつけた。
「くっ……重い! でも、ここだけは……一歩も引かない!」
「ターゲット、ロック。……一発目、行くわよ!」
沙也加がトリガーを引く。
ジャッジメントの銃弾を用いて発射された擲弾は曲線を描きながらバルスに向かって正確に飛翔した。
――ドォォォォォンッ!
体内の極小世界とは思えないほどの重低音が響き渡った。ジャッジメントから放たれた銀色の影が、甲殻の最外郭に命中。高周波振動が連鎖し、あれほど強固だった表面に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
「……あ、がっ……!」
悲鳴を上げたのは、沙也加だった。凪の警告通り、擲弾の反動が神経を直接焼き、彼女のダイブ・スーツの負荷メーターが真っ赤に染まる。
「沙也加さん!?」
「構わないで……二発目!」
沙也加は2発目の擲弾を腰のベルトから取り外して銃口へ装填する。空白の三十秒を、あかりと美穂が死に物狂いで稼ぐ。
二発目が放たれ、城塞の「門」が砕け散った。
三発目、四発目。
撃つたびに沙也加の呼吸は荒くなり、鼻腔から微かな出血が見て取れる。
擲弾の衝撃は、論理思考を司る彼女の意識を、混沌の淵へと引きずり込もうとしていた。
「視界が……歪む……。敵の核が、二重に見える……」
「沙也加さん、しっかりして! あと少し、あと少しなの!」
あかりの叫びも、もはやノイズのように遠い。
四発目の爆発により、城塞の深奥――拍動する禍々しい「核」がついに露出した。だが、バルスも自らの死を悟ったかのように、残されたすべてのエネルギーを甲殻の破片に変え、全方位への無差別射撃を開始した。
「……っ、美穂さんの盾が持たない! 沙也加さん、最後の一発を!」
「……だめ……照準が、合わな……」
ジャッジメントを支える沙也加の腕が、激しく震える。
モニター越しにそれを見ていた凪が、静かに、けれど逃げ場のないトーンでマイクを握った。
「沙也加。……俺の調整を疑うな」
その声が、彼女の脳内に直接響いた。
「計算は俺が、道はあかりが、守りは美穂が作った。……最後の一片、お前のプライドを乗せて撃ち抜け」
沙也加の瞳に、わずかに正気が戻る。
歪む視界の先、あかりが放ったハミングバードの残光が、一点だけ「光の道標」を指し示していた。
「……了解、先生。……最後、行くわよ」
ジャッジメントのバレルが、臨界点を超えた熱を放ち始める。
残された銀弾は、あと一発。




