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ミクロダイブ・エマージェンシー~第13微細医療班の処方箋~  作者: 白黒鯛
第5章 砕岩の牙

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第38話 嵐の前の静寂

ダイブポッドのハッチが閉まるまでのわずかな数分間。重苦しい機械音だけが響くハンガーに、場違いなほど必死な足音が駆け寄ってきた。


「待って! これ、これを持って行ってください!」


結衣だった。

彼女の腕には、何枚ものホログラム・シートが抱えられている。その顔は、三日間凪の「徹夜の調整」と「技術局への恫喝」に付き合わされたせいで、幽霊のように青白い。だが、その瞳だけは、かつてないほど強く燃えていた。


「結衣さん……これは?」


沙也加がシートを受け取ると、そこには患者の肺胞一つ一つの損壊率、血管の微細な分岐、そしてあの「黒い城塞」の構造が、狂気を感じさせるほどの密度で書き込まれていた。


「先生が擲弾を調整している間、私もずっとシミュレーションを回していました……。この三日間で、患者さんの容体は一分一秒ごとに変化しています。これは、最新のバイタルから逆算した、今の『敵の急所』です」


結衣の声は震えていた。彼女は看護師というサポート要員。だが、彼女もまた、第13班の一員として地獄を共にしたのだ。


「先生は……凪先生はあんな言い方しかしないけど。あの擲弾、先生が自分でナノマシンの配合比率を微調整して、最後は指先の感覚だけで装填したんです。技術局が作った『未完成の粗悪品』を、先生が自分の命を削って『武器』に変えたんです」


結衣がシートを指差す。そこには、彼女の筆跡で、五発の擲弾を撃ち込むべき正確な座標とタイミングが、数式のように並んでいた。


「先生の視界ロジックと、私の地図。……これがあれば、きっと……!」


「……わかったわ。受け取ったわよ、結衣さん」


沙也加が結衣の肩を優しく叩いた。彼女の腰のベルトには5発の擲弾が装着されている。


「おい、いつまで油を売っている。患者の血圧が下がっているぞ。……さっさと地獄へ行ってこい」


通信機越しに響く凪の声は、相変わらず冷酷だ。だが、あかりたちにはわかっていた。その声の裏に、どれほどの焦燥と、どれほどの「生かしたい」という執念が隠されているかを。

あかりは、バッグの中に忍ばせた金沢土産の「あんころ餅」の小さな包みに触れた。


(先生が一人で背負っている絶望も、結衣さんが流した涙も。全部持って、私たちは行く)


「……行きましょう。私たちの、戦場へ」


沙也加の号令とともに、三人はダイブ・スーツのバイザーを下ろした。視界が暗転し、神経系がマシンの神経網と同期を開始する。


「ダイブ・シーケンス、最終フェーズ。……沙也加、美穂、あかり」


凪が珍しく、三人の名を呼んだ。


「死ぬなよ。お前たちが死んだら、この三日間の俺の労働が無駄になる。……それだけは許さん」


「……ふふ。先生らしいですね」


美穂が小さく微笑み、そして――身体は光の速度で、あの「黒い絶望」が待つ微細な世界へと射出された。


体外世界に取り残された結衣は、祈るように両手を組み、コンソールの前に座り込む。

横では凪が、まるで獲物を待つ蜘蛛のように、冷徹な目で数百のモニターを凝視していた。

オペレーションルームを支配するのは、嵐の前の、あまりに静かな静寂。

次にこの部屋に響くのは、勝利の咆哮か、あるいは絶望の崩壊音か。

五発の銀弾を携えた第13班の、命懸けの再挑戦が始まった。

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