第37話 5発の賭け
約束の72時間が経過した。
地下四階のオペレーションルームに現れたのは、目の下にどす黒い隈を作り、幽霊のようにふらつく技術局の職員たちだった。彼らが捧げ持つように運んできたのは、無機質な防振ケース。
「……完成、しました。対甲擲弾『ロック・バスター』試作型です」
職員が震える手でケースを開く。
そこには、鈍い銀色に光るスティック型の擲弾が五発、整然と並んでいた。
「当初の予定通り……いえ、凪先生の無理難題通り、炸薬を限界まで圧縮しました。その代わり、ジャッジメントへの負荷は計算上、安全圏を120%逸脱しています。発射のたびに回路が焼き切れる可能性がある。……それが、現時点での限界です」
職員たちの言葉を無視し、凪は椅子から立ち上がると、無言で一発を手に取り、光に透かした。
「沙也加、美穂、あかり」
凪の呼びかけに、三人は背筋を伸ばす。特に沙也加の瞳には、かつてない悲壮な決意が宿っていた。
この五発を放つのは、彼女の愛銃『ジャッジメント』。銃口に装着し、銃弾を用いて発射する小銃擲弾と呼ばれるタイプだ。
「いいか。この擲弾は、命中と同時に高周波振動を発生させ、敵の結晶構造を内側から崩壊させる。だが、その衝撃は、お前のダイブ・スーツ越しに脳へ直接フィードバックされるぞ」
凪は沙也加の目の前に立ち、その鋭い視線で彼女を射抜いた。
「一発撃つごとに、お前の論理思考は激痛で焼き切られそうになるだろう。次弾装填までの空白時間は三十秒。その間、お前は無防備だ。……耐えられるか」
「……先生。私は、あの時自分の弾丸が弾かれた屈辱を、一度も忘れていません」
沙也加は、震える右手を左手で強く抑え込み、凪を見つめ返した。
「五発。一発も外しません。私が外せば、患者さん…⋯あかりさんと美穂さんが死ぬ。……それだけは、絶対にさせない」
「ふん、相変わらず可愛げのない理屈だ」
凪は鼻で笑うと、結衣に向かって顎をしゃくった。結衣は涙を拭いながら、調整済みのダイブポッドを起動する。
「……あの、皆さん。先生、実は昨日の夜、この擲弾の信管を一つずつ手作業で研磨していたんです。少しでもジャッジメントのバレルを傷つけないようにって……」
「余計なことを喋るな、結衣。……さっさと準備しろ」
凪は不機嫌そうに背を向けたが、あかりは見た。五発の擲弾の表面に、極小の文字で刻まれたシリアルナンバーが、凪の筆跡に似た緻密さで記されているのを。
それは、口の悪い天才が贈る、最高に過酷で、最高に信頼に満ちた「お守り」だった。
人工冬眠で辛うじて生命を維持している患者のバイタルは、もはや限界に近い。肺の三割は既に黒い要塞に置換され、沈黙の死が迫っていた。
「第13班、最終調整完了。……これより、対甲殻バルス殲滅作戦を開始する」
凪の声が、静まり返ったオペレーションルームに重く響く。
「ダイブ!」
三人が再び、あの絶望の「黒い城塞」へと潜行していく。
手元には、技術局の血と涙、そして一人の天才の執念が詰まった五発の銀弾。
第13微細医療班、反撃の火蓋が切って落とされた。




