第35話 不貫の要塞
金沢の「静謐な技術」を学び、一回り成長して帰還した第十三班。しかし、再会の余韻に浸る間もなく、東京の「異常」は彼女たちを歓迎した。
「……お前たち。感傷に浸るのはそこまでだ。重症患者だぞ」
凪の冷淡な声がオペレーションルームに響く。
国立バルス研究センター附属病院の地下四階、微細医療局へ搬送されてきたのは、五十代の男性。建設現場で倒れたという彼の体内には、これまでのバルスとは一線を画す「異物」が確認されていた。
「ダイブ開始!」
三人の意識が加速し、患者の右肺下葉へと潜行する。だが、視界が開けた瞬間、あかりは息を呑んだ。
「……何、これ。石炭の塊……?」
そこにあるべきはずの柔らかな肺胞の組織は、「黒く光る硬質な甲殻」によって塗り潰されていた。それはまさに血管の中に突如として出現したバルスの「要塞」だった。
「あかりちゃん、気をつけて! 敵性反応、来ます!」
美穂の警告と同時に、甲殻の隙間から、ドリル状の突起を持つ小型個体が無数に射出される。
「させるか……! 『ハミング・ソナー』、展開!」
あかりは愛剣を抜き放ち、ハミングバードの超振動を乗せて一閃した。金沢での経験を経て、その一撃は以前よりも鋭く、無駄がない。
――キィィィィィィィィン!
鼓膜を切り裂くような金属音が響く。
だが、確かな手応えがあったはずのあかりの腕を襲ったのは、凄まじい「反動」だった。
「……っ!? 弾かれた……!?」
「嘘でしょ……あかりさんのハミングバードを正面から受け止めるなんて」
沙也加がジャッジメントを構え、即座に援護射撃を行う。精密に計算された一点集中射撃。しかし、放たれたロジック弾は甲殻の表面で虚しく火花を散らし、霧散した。
「弾殻の硬度、計測不能! ダイヤモンドに近い結晶構造を形成しています!」
オペレーションルームで凪の隣に座るの結衣が悲鳴に近い声を上げる。モニターに表示される数値は、既存のあらゆる対バルス装備のの「貫通限界」を遥かに上回っていた。
「美穂、シールド最大展開! あかりを下げろ!」
「はい……っ! でも、これ……押し負ける!」
美穂のアイギスが、敵の突進を受けて悲鳴を上げる。
「きゃああっ!!」
衝撃波がダイブ・スーツを伝わり、3人のオペレーターが体勢を崩す。
「チッ、これだから現場の『更新』は嫌いだ」
凪の声に、いつもの余裕がない。彼はモニターのデータを瞬時に読み解き、最悪の結論を導き出した。
「全員、オペを中断しろ。即座に離脱だ」
「先生!? でも、今引いたらこの患者さんは……!」
あかりが抗議する。放置すれば、甲殻は数時間以内に肺を突き破り、心臓に達するだろう。
「黙れ。今の装備でお前たちができるのは、無駄にエネルギーを消費してバルスに『餌』を与えることだけだ。……死にたいなら勝手にしろ。だが、俺の班から無能な犬死にを出すのは不愉快だ」
「……っ」
凪の冷徹な言葉にあかりは悔しさに唇を噛み、黒い要塞を見据えた。
自分たちの武器が、努力が、金沢で得た自信が、これほどまでに呆気なく否定されるのか。
「離脱……します」
沙也加の震える声。
三人が重い敗北感とともに、患者の体内から外部のダイブポッドへ帰還した。
ハッチが開いたオペレーションルームには、かつてない沈黙が流れていた。
凪はベッドに寝そべったまま、天井を睨みつけている。その瞳には、敗北への怒りではなく、既に「次の神算」を組み立てる冷徹な光が宿っていた。
「結衣、技術局の『あの男』の直通回線を出せ。……三時間もあれば、奴の隠し口座の一つつまみ上げるのは造作もないだろうよ」
天才・凪宗一郎の「反撃」が、最悪の脅迫とともに始まろうとしていた。




