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ミクロダイブ・エマージェンシー~第13微細医療班の処方箋~  作者: 白黒鯛
第4章 黄金の残り火

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第32話 料亭「天宮」の休日

金沢特有の「弁当忘れても傘忘れるな」という言葉通り、しとしとと降っていた雨が、午後には嘘のように上がり、濡れた石畳が鈍く光っている。


研修開始から四日。美也子による「徹底的な効率化」の洗礼を受けている三人に、ようやく束の間の休日が訪れた。


「さあ、着きました。ここが私の実家がやっている……料亭『天宮あまみや』です!」


あかりが誇らしげに、けれど少し照れくさそうに指差したのは、ひがし茶屋街の喧騒から少し離れた場所にある、見事な千本格子の構えを持つ建物だった。

本来の日常生活に使う住居は別にあるのだが、あかりが研修で金沢へ行くことを両親に連絡した時、お店の方へ来るように言われていたのだ。


玄関を潜ると、香ばしい出汁の香りと、凛とした静寂が三人を包み込んだ。


「ただいまー」


「おかえり、あかり! よく帰ってきたな!」


威勢の良い声とともに現れたのは、白い調理衣に身を包んだ、あかりの父・正一しょういちだった。

その後ろから、和服を端麗に着こなした母の和美かずみが、柔らかな微笑みを浮かべて続く。


「お父さん、お母さん! ただいま。こちら、いつもお世話になっている先輩の早乙女沙也加さんと如月美穂さんです」


「天宮です。娘が東京で大変お世話になっております!」


「まあまあ、あかりの言った通り、お二人とも本当にお綺麗だこと」


さらには、「あかりねえ、おかえり!」と言いながら、高校生の弟・海斗かいとと中学生の妹・そらが顔を出し、一気に玄関が賑やかになった。


「あかりちゃんのご家族、皆さん明るくて素敵ね」


美穂が目を細め、沙也加も


「……恐縮です。今日はお招きいただきありがとうございます」


と、いつになく丁寧に頭を下げた。


案内されたのは、美しく手入れされた坪庭が見える奥座敷だった。漆塗りの膳の上には、九谷焼や金沢漆器の器に盛られた、目にも鮮やかな料理が並ぶ。


「今日は特別に、一番いい鴨が入ったからね。存分に食べてくれ」


正一が自ら運んできたのは、加賀料理の代名詞「治部煮じぶに」だった。


「……美味しい。このとろみ、出汁の深みが全然違うわ」


一口運んだ沙也加が、感嘆の声を漏らす。


「鴨のお肉がとっても柔らかい……。あかりちゃん、こんなに美味しいものを食べて育ったのね」


美穂も、幸せそうに頬を緩めた。

地元の新鮮な刺身、蓮蒸し、そして瑞々しい五郎島金時のデザート。

贅を尽くした料理を囲みながら、話題は自然とあかりの子供時代の話へ。


「あかりはね、小さい頃から一度決めたら聞かない子で。お医者さんになるって言い出した時も、私たちは驚いたけれど、あの子の真っ直ぐな目は本物だった」


和美が愛おしそうに娘を見つめる。


「東京の病院は大変だろう? 凪先生……だっけか、随分と厳しい方だと聞いているが」


正一の問いに、あかりは少し苦笑いしながら答えた。


「……うん、世界一性格が悪いけど、世界一頼りになる先生だよ。でも、金沢での研修で、改めて気づいたんだ。お父さんの料理と同じで、微細医療も『丁寧な下準備』と『相手を思う心』が一番大事なんだって」


海斗と空が「東京のラーメンってどんなの?」「あかり姉、東京のお菓子ちょうだい!」とはしゃぐ声を背景に、あかりは確かな温もりを感じていた。


オペレーションルームの冷たい金属音と、絶え間ない緊張感。

そこから遠く離れたこの場所で、家族に愛され、故郷の味に癒される時間は、あかりにとって何よりの「処方箋」だった。


(……この場所を守るために、私は戦っているんだ)


沙也加と美穂もまた、あかりを育んだこの温かな風景を見て、自分たちの守るべき「日常」の輪郭を、より鮮明に描き出していた。


「お土産、結衣さんの分も忘れずに詰めなきゃね」


「ふふ、あかりちゃん。入り切らないくらいになりそうよ」


夜の帳が下りる頃、三人の心には、明日からの過酷な研修を乗り切るための、黄金色の活力が満ち溢れていた。

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